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『スパイ大作戦』から『ミッション:インポッシブル』へ:半世紀にわたる諜報戦の進化と文化的遺産に関する包括的調査報告書

スパイ
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  1. 序論:不可能な任務の永続性と文化的変容
  2. 第1部 オリジナルTVシリーズの革新と時代精神(1966-1973)
    1. 1.1 「ケイパー・ムービー」のスパイジャンルへの転用
      1. 表1:初期IMFチームの役割構成と機能
    2. 1.2 冷戦構造の抽象化と地政学的配慮
    3. 1.3 ラロ・シフリンによる音楽的革命と「5/4拍子」の神話
      1. 5/4拍子の採用理由と効果
      2. モールス信号説の検証
    4. 1.4 公民権運動とグレッグ・モリスの功績
  3. 第2部 1988年版リバイバルと産業的背景
    1. 2.1 脚本家ストライキが生んだ「復活」
    2. 2.2 オーストラリアでの撮影と独自技術
  4. 第3部 映画フランチャイズ化と「トム・クルーズ」モデルの確立(1996-2006)
    1. 3.1 プロデューサーとしてのトム・クルーズの野心
    2. 3.2 第1作:ブライアン・デ・パルマによる「脱構築」とファンとの軋轢
    3. 3.3 第2作・第3作:作家主義の衝突と「テレビ的語り口」の導入
  5. 第4部 現代アクション映画への産業的・美学的影響(2011-2025)
    1. 4.1 『ゴースト・プロトコル』と「チーム戦」の復権
    2. 4.2 クリストファー・マッカリー体制と「実在性(Tangibility)」の追求
    3. 4.3 産業的影響:他作品への波及
      1. 1. マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)への影響
      2. 2. 『ワイルド・スピード』シリーズの変容
  6. 第5部 日本における受容とポップカルチャーへの変容的影響
    1. 5.1 『ルパン三世』:アンチ・ヒーロー版IMF
    2. 5.2 『秘密戦隊ゴレンジャー』と特撮チームヒーローの誕生
      1. 「色」への役割転換
    3. 5.3 パロディとバラエティ番組
  7. 第6部 社会とテクノロジーの相互作用
    1. 6.1 ガジェットの予見性と現実化
      1. 顔認証とディープフェイク(ラテックス・マスクの進化)
      2. 「消滅するメッセージ」とDARPA
    2. 6.2 監視社会とAI「エンティティ」の脅威
  8. 結論:永遠の導火線
  9. 付録:主要作品と歴史的マイルストーン
    1. 共有:

序論:不可能な任務の永続性と文化的変容

1966年の秋、CBSネットワークの電波に乗って初めて放送された『スパイ大作戦(原題:Mission: Impossible)』は、単なる一過性のスパイスリラーにとどまらず、その後半世紀以上にわたり世界のエンターテインメント産業、大衆文化、そして社会のテクノロジー観に深甚な影響を与え続ける巨大な文化装置となった。

冷戦下の緊張感の中で生まれたこの物語は、ブルース・ゲラーの卓越したコンセプトによって、個人の英雄性よりも「プロフェッショナルの分業と協調」に焦点を当てたチームドラマの金字塔を打ち立てた。その後、1988年の脚本家ストライキによる変則的なリバイバルを経て、1996年にはトム・クルーズ製作・主演による映画フランチャイズへと転生を果たし、現代においては「身体性」と「実在性」を極限まで追求するアクション映画の最高峰として君臨している。

本報告書は、1966年のオリジナルTVシリーズから2025年公開予定の最終章『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』に至るまでの歴史的変遷を網羅的に分析するものである。特に、本シリーズがいかにして映画産業のビジネスモデルを変革し、マーベル作品や『ワイルド・スピード』シリーズといった現代のブロックバスターに影響を与えたか、また、日本において『ルパン三世』や『秘密戦隊ゴレンジャー』といった国民的コンテンツの形成にいかなる決定的な役割を果たしたかについて、詳細な調査と考察を行う。さらに、劇中のガジェットが現実の軍事技術(DARPAの研究など)といかに交差しているかという技術社会的側面にも光を当てる。

第1部 オリジナルTVシリーズの革新と時代精神(1966-1973)

1.1 「ケイパー・ムービー」のスパイジャンルへの転用

1960年代中盤、欧米のエンターテインメント界はジェームズ・ボンド(007)旋風の只中にあった。多くの模倣作品が「スーパーヒーロー的な個人の活躍」を描く中で、クリエイターのブルース・ゲラーは全く異なるアプローチを採用した。彼が着想の源としたのは、ジュールズ・ダッシン監督の映画『トプカピ』(1964年)であった。『トプカピ』は、各分野のスペシャリストが集まり、イスタンブールのトプカピ宮殿から宝物を盗み出すまでの緻密なプロセスを描いた「ケイパー・ムービー(泥棒映画)」の傑作である。

ゲラーはこの「プロセスの詳細そのものをサスペンスとする」構造を、諜報活動の文脈に移植した。従来の活劇的なアクション(銃撃戦や格闘)を極力排し、心理的な詐欺、高度な変装、そして秒単位で計算された作戦遂行を描く「コン・ゲーム(信用詐欺)」の要素をスパイものに融合させたのである。

表1:初期IMFチームの役割構成と機能

キャラクター名 俳優 役割(コードネーム的機能) 専門領域と機能
ダン・ブリッグス
(第1シーズン)
スティーヴン・ヒル リーダー 作戦の立案、メンバーの選定、全体指揮。
ジム・フェルプス
(第2-7シーズン)
ピーター・グレイブス リーダー ダンと同様だが、より現場での臨機応変な指揮を執る。父性的存在。
ローリン・ハンド マーティン・ランドー 変装の達人
(The Man of a Million Faces)
声色や身体的特徴の模倣。敵内部への潜入と心理誘導。
シナモン・カーター バーバラ・ベイン モデル / 囮 社交界への潜入、敵対者の誘惑、閉鎖空間での陽動。
バーニー・コリアー グレッグ・モリス メカニック / 技術者 特殊ガジェットの開発、セキュリティシステムの突破、監視。
ウィリー・アーミテージ ピーター・ルーパス ストロングマン 重量物の運搬、物理的障害の排除、戦闘要員。

この役割分担の明確さは、後の『オーシャンズ11』や日本の『スーパー戦隊』シリーズなど、あらゆる「チームもの」フィクションの原型(アーキタイプ)となった。

1.2 冷戦構造の抽象化と地政学的配慮

放送期間(1966-1973)は冷戦の緊張が極限に達していた時期であり、ベトナム戦争も激化していた。しかし、『スパイ大作戦』はこの現実の政治状況に対して独特の距離感を保った。番組内では、ソビエト連邦や中国といった実在の敵対国家を名指しすることは極めて稀であり、代わりに「東欧人民共和国(European People’s Republic)」や「東欧共和国(Eastern European Republic)」といった架空の国家が舞台として設定された。

この「敵の抽象化」は、以下の二つの効果をもたらした。

  • 外交的リスクの回避と普遍性:特定のイデオロギー批判に終始せず、純粋な「プロフェッショナルの技術戦」として物語を成立させた。これにより、政治的信条の異なる読者層や、海外市場(日本を含む)でも受け入れられやすくなった。
  • 実存的不安の表現:敵が具体的でない分、IMFが対峙するのは「全体主義的なシステムそのもの」となり、冷戦下の閉塞感やパラノイア(偏執症)を象徴的に描くことに成功した。

「当局は一切関知しない(disavow any knowledge)」というあまりにも有名なフレーズは、国家のために命を懸けながらも、国家から保護されないスパイたちの孤独な実存状況を端的に表している。

1.3 ラロ・シフリンによる音楽的革命と「5/4拍子」の神話

シリーズのアイデンティティを決定づけた要素の一つが、アルゼンチン出身の作曲家ラロ・シフリンによるテーマ曲である。この楽曲は、ポピュラー音楽や行進曲の常套である4/4拍子ではなく、極めて珍しい「5/4拍子」で作曲された。

5/4拍子の採用理由と効果

シフリンはこの変拍子について、インタビューで「宇宙には足が5本ある人々がいて、彼らが踊れるように書いた」とユーモラスに語っているが、音楽理論的な意図は明白である。5拍子(1-2-3-1-2というパルス)は、聴取者に解決されない切迫感と不安定さを与え、常に何かが進行中であるというサスペンスを持続させる効果がある。

モールス信号説の検証

ファンの間では長年、この曲のリズム(長・長・短・短)がモールス信号の「M(ーー)」と「I(・・)」を表しているという説が支持されてきた。

  • M(Dash, Dash):ダム、ダム(長、長)
  • I(Dot, Dot):ダ、ダ(短、短)

シフリン自身がこれを当初から意図していたかについては諸説あり、「後付けの神話」である可能性も指摘されているが、このリズムパターンが偶然にも作品の頭文字と一致し、かつ5拍子の構造に完全に適合しているという事実は、この楽曲の神秘性を高め、ポップカルチャーにおける「スパイ音楽」の絶対的な定義となった。

1.4 公民権運動とグレッグ・モリスの功績

特筆すべき社会的影響として、アフリカ系アメリカ人俳優グレッグ・モリス(バーニー・コリアー役)の存在が挙げられる。1960年代のアメリカでは、黒人俳優の役割は依然としてステレオタイプなもの(労働者、従者、あるいはコメディリリーフ)に限られることが多かった。 しかし、バーニー・コリアーはチーム内で最も高度な知識を要する「電子工学と技術の天才」として描かれた。彼は白人のリーダーと対等に議論し、作戦の成否を握る重要な役割を担った。この配役は、公民権運動の最中にあったアメリカ社会に対し、「黒人の知性とプロフェッショナリズム」を視覚的に提示する強力なメッセージとなった。モリスが演じた「クールで有能な技術者」像は、後のSFやアクション作品におけるマイノリティの表象に道を切り開いた先駆的な事例である。

第2部 1988年版リバイバルと産業的背景

2.1 脚本家ストライキが生んだ「復活」

1966年版の終了から15年後、1988年に『新スパイ大作戦(Mission: Impossible 1988 TV series)』が制作された。このリバイバルの背景には、当時のハリウッドを揺るがせた産業的な事情があった。1988年の全米脚本家組合(WGA)による大規模なストライキである。

ストライキにより新作ドラマの脚本供給が停止したため、ABCネットワークは過去の資産(IP)を活用する必要に迫られた。彼らは1966年版のオリジナル脚本をリメイクすることで、脚本家不在の状況を乗り切ろうとしたのである。そのため、初期のエピソードはオリジナル版のプロットを忠実に再現しつつ、テクノロジーや舞台設定を80年代風にアップデートしたものとなった。

2.2 オーストラリアでの撮影と独自技術

コスト削減のため、撮影はハリウッドではなくオーストラリアで行われた。これにより、キャストの多くはオーストラリアの俳優(トニー・ハミルトンなど)で構成されたが、リーダーのジム・フェルプス役にはオリジナル版のピーター・グレイブスが復帰し、シリーズの正統性を担保した。 また、オリジナル版のグレッグ・モリスの息子であるフィル・モリスが、バーニーの息子「グラント・コリアー」役として起用され、劇中でも親子共演が実現するという、フランチャイズの継承を象徴する出来事もあった。

この1988年版は、指令伝達方法として、従来のオープンリール・テープに代わり、小型の光ディスクプレイヤー(指紋認証機能付き)を導入した。これは後のデジタル時代を予感させるガジェットであったが、シリーズ自体は視聴率の低迷により2シーズンで打ち切られた。しかし、このリバイバルがなければ、後のトム・クルーズによる映画化への道筋は途絶えていた可能性があり、フランチャイズの歴史をつなぐ重要なミッシングリンクとして機能した。

第3部 映画フランチャイズ化と「トム・クルーズ」モデルの確立(1996-2006)

3.1 プロデューサーとしてのトム・クルーズの野心

1990年代中盤、トム・クルーズは単なる主演俳優から、自身のキャリアと作品の質をコントロールできる製作者への脱皮を図っていた。彼が設立した「クルーズ/ワグナー・プロダクション」の第1回作品として選ばれたのが、パラマウントが権利を保有していた『スパイ大作戦』であった。クルーズの狙いは、ジェームズ・ボンドに対抗できるアメリカ発の国際的なスパイ・フランチャイズを確立することにあった。

3.2 第1作:ブライアン・デ・パルマによる「脱構築」とファンとの軋轢

1996年公開の第1作『ミッション:インポッシブル』は、興行的には大成功を収めたが、オリジナル版のファンからは激しい怒りを買った。その最大の理由は、かつての英雄的リーダー、ジム・フェルプス(演:ジョン・ヴォイト)を、冷戦終結後の世界で居場所を失い、金のために国を裏切る悪役として描いた点にある。オリジナル版でフェルプスを演じたピーター・グレイブスは、この脚本を知りカメオ出演を拒否したとされる。

しかし、物語構造の観点から見れば、この「父殺し」は不可避であった。トム・クルーズ演じる新主人公イーサン・ハントをフランチャイズの中心に据えるためには、旧来のチーム構造とリーダーの権威を一度解体する必要があったのである。監督のブライアン・デ・パルマは、自身の作家性であるヒッチコック的サスペンス(ラングレーのCIA本部侵入シーンにおける、音と汗を排除する静寂の演出など)を最大限に発揮し、アクション映画というよりは「パラノイア・スリラー」として作品を仕上げた。

3.3 第2作・第3作:作家主義の衝突と「テレビ的語り口」の導入

シリーズ初期の戦略は、作品ごとに強烈な個性を持つ監督を起用し、トーンを一変させることであった。

  • 『M:I-2』(2000):香港の巨匠ジョン・ウーを招聘。スローモーション、二丁拳銃、白い鳩といったウーの美学が炸裂し、緻密なスパイ活動よりも、神話的な英雄譚とメロドラマに重点が置かれた。興行的には成功したが、シリーズの中では最も異色作とされている。
  • 『M:I:III』(2006):J.J.エイブラムスの長編映画監督デビュー作。エイブラムスは『エイリアス』や『LOST』で培ったテレビ的な物語手法を持ち込んだ。具体的には、冒頭にクライマックスのシーンを配置する構成(In media res)や、イーサン・ハントに「婚約者ジュリア」という私生活を与え、彼を「超人」から「苦悩する人間」へと引き戻した点である。また、「ラビットフット」というマクガフィン(正体が不明なまま争奪の対象となる物体)の使用は、スパイ映画の古典的文法への回帰でもあった。

第4部 現代アクション映画への産業的・美学的影響(2011-2025)

4.1 『ゴースト・プロトコル』と「チーム戦」の復権

シリーズの転換点となったのは、ピクサー出身のブラッド・バードを監督に迎えた第4作『ゴースト・プロトコル』(2011)である。バードは実写映画初監督ながら、アニメーション制作で培った空間把握能力を活かし、ドバイの超高層ビル「ブルジュ・ハリファ」でのスタントを設計した。

物語面では、第1作以来希薄になっていた「チームプレイ」の要素が復活した。ジェレミー・レナーやサイモン・ペッグ演じるメンバーがそれぞれ不可欠な役割を果たし、ガジェットの不具合を即興の機転で乗り越える描写は、オリジナルTVシリーズの精神(プロセス重視のサスペンス)を現代的なブロックバスターの規模で再現したものであった。

4.2 クリストファー・マッカリー体制と「実在性(Tangibility)」の追求

第5作『ローグ・ネイション』(2015)以降、クリストファー・マッカリーが脚本・監督を一貫して担当することで、シリーズはかつてない安定感と質の向上を見せた。マッカリーとクルーズのパートナーシップは、CGI全盛の現代映画産業において、「プラクティカル・スタント(実演)」を最大のマーケティング資源とするビジネスモデルを確立した。

  • 軍用機(A400M)の側面にしがみつく離陸(『ローグ・ネイション』)
  • ヘリコプターの操縦と極低空飛行(『フォールアウト』)
  • 断崖絶壁からのバイクによるベースジャンプ(『デッドレコニング』)

これらのスタントは、観客に「トム・クルーズが本当に危険を冒している」というドキュメンタリー的な興奮を提供する。これは、すべてがデジタルで描画可能なMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)などの作品群との差別化要因となり、「映画館で目撃すべきスペクタクル」としての地位を不動のものにした。

4.3 産業的影響:他作品への波及

『ミッション:インポッシブル』が確立したスタイルは、他のハリウッド大作にも明確な影響を与えている。

1. マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)への影響

『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014)の監督であるルッソ兄弟は、同作の制作にあたり、『ミッション:インポッシブル』(特に第1作のデ・パルマによる緊張感の演出)や『ヒート』を具体的な参照元として挙げている。スーパーヒーロー映画の中に、地に足の着いたスパイ・スリラーの構造や、フェイスマスクを使った変装のサスペンスを取り入れることで、MCUのジャンル的な幅を広げた。

2. 『ワイルド・スピード』シリーズの変容

『ワイルド・スピード MEGA MAX(Fast Five)』(2011)において、シリーズの方向性を「ストリートレース」から「チームによる強盗(ハイスト)アクション」へと劇的に転換させたジャスティン・リン監督は、『ミッション:インポッシブル』の影響を指摘されている。個々のスキル(運転、ハッキング、話術)を持った多国籍チームが世界を股にかけて作戦を遂行するフォーマットは、明らかにIMFの構造を継承・発展させたものであり、タイリース・ギブソンのセリフ「これじゃ『ミッション:インポッシブル』だ」というメタ的な言及にも表れている。

第5部 日本における受容とポップカルチャーへの変容的影響

日本において『スパイ大作戦』は、単なる輸入ドラマ以上の文化的現象を引き起こした。その遺伝子は、日本独自のエンターテインメント形式である「アニメ」と「特撮」の中に深く組み込まれている。

5.1 『ルパン三世』:アンチ・ヒーロー版IMF

モンキー・パンチによる『ルパン三世』は、『スパイ大作戦』の影響を色濃く反映している。原作者自身、マッド・マガジンや『007』の影響を認めているが、キャラクター配置における「専門特化したチーム」の概念はIMFとの類似性が強い。

ルパン三世のキャラクター 役割・スキル IMF的対応キャラクター
ルパン三世 立案、変装、万能型リーダー ジム・フェルプス + ローリン・ハンド
次元大介 銃器のプロ、相棒 ウィリー・アーミテージ(戦闘力)
石川五ェ門 近接戦闘、障害物の切断 ウィリー(物理破壊)
峰不二子 潜入、色仕掛け、裏切り シナモン・カーター + ファム・ファタール要素

モンキー・パンチは、ルパンを「毒のある」キャラクターとして描いたが、アニメ化(特に宮崎駿による『カリオストロの城』)に際しては、より義賊的なチームプレイが強調された。最新作『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』で登場した黄色いフィアット500について、マッカリー監督は『ルパン三世』への直接的なオマージュを否定したが、ファンコミュニティや批評家は、カーチェイスの演出における類似性を指摘し、日米のポップカルチャーが相互に影響を与え合う循環構造を見出している。

5.2 『秘密戦隊ゴレンジャー』と特撮チームヒーローの誕生

『スパイ大作戦』が日本文化に与えた最大の影響は、特撮番組『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975年)のコンセプト形成にある。原作者の石ノ森章太郎と東映のプロデューサーたちは、それまでの「単独ヒーロー(仮面ライダーなど)」とは異なる新しい番組を模索していた。そこで参照されたのが、『スパイ大作戦』の「5人のスペシャリストがチームを組む」という構造であった。

「色」への役割転換

『ゴレンジャー』の革新性は、IMFの各メンバーが担っていた「機能(役割)」を、視覚的に分かりやすい「色」に置換した点にある。

  • アカレンジャー(赤) = リーダーシップ(ジム・フェルプス)
  • アオレンジャー(青) = クールなサブリーダー/技(ダン/パリス)
  • キレンジャー(黄) = 怪力・カレー(ユーモア)(ウィリー・アーミテージ)
  • モモレンジャー(桃) = 爆発物処理・紅一点(シナモン・カーター)
  • ミドレンジャー(緑) = 若手・機動力

この「5色=5つの役割」というフォーマットは、その後の『スーパー戦隊』シリーズ40作以上にわたって継承され、さらにアメリカへ『パワーレンジャー』として輸出されることで、世界的な標準規格となった。つまり、現代の子供たちが親しむ戦隊ヒーローの源流を辿れば、1966年の『スパイ大作戦』に行き着くのである。

5.3 パロディとバラエティ番組

日本のバラエティ番組において、『スパイ大作戦』のフォーマットは格好のパロディ素材となった。

  • 『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』等のコント:内村光良(ウッチャン)らによるコントでは、指令テープの爆発や、極端に大掛かりな作戦遂行がコメディとして昇華された。
  • 『風雲!たけし城』と『MXC』:日本の『風雲!たけし城』をアメリカで再編集して放送された『MXC (Most Extreme Elimination Challenge)』では、出場者たちの無謀な挑戦が「不可能なミッション」のパロディとして消費され、日米間の文化的な往復運動が見られた。

第6部 社会とテクノロジーの相互作用

6.1 ガジェットの予見性と現実化

『スパイ大作戦』に登場した未来的なガジェットの多くは、現代のテクノロジーによって現実のもの、あるいはそれ以上のものとなっている。

顔認証とディープフェイク(ラテックス・マスクの進化)

シリーズの代名詞である「変装用ラテックス・マスク」は、かつては瞬時に他人に成り代わるという「魔法」に近いギミックであった。しかし、現代の3Dプリンティング技術と、AIを用いたリアルタイムのディープフェイク技術は、このフィクションを現実に近づけている。『デッドレコニング』では、敵対者がデジタル上で顔や声を完全に偽装する展開があり、かつてのアナログなマスクが持っていた「他者になりすます恐怖」が、デジタル社会におけるアイデンティティ盗難やフェイクニュースの脅威として再定義されている。

「消滅するメッセージ」とDARPA

「尚、このテープは自動的に消滅する」という有名な演出は、情報の痕跡を残さない究極のセキュリティを象徴していた。現代において、これはSnapchatやSignalといった「消えるメッセージ(Ephemeral Messaging)」アプリとして日常化している。さらに、米国防高等研究計画局(DARPA)は、軍事機密が敵の手に渡るのを防ぐため、指令を受けると物理的に分解・溶解する電子回路「Vanishing Programmable Resources (VAPR)」の研究プロジェクトを進めている。フィクションの中の荒唐無稽なアイデアが、実際の軍事技術開発の目標として設定されている好例である。

6.2 監視社会とAI「エンティティ」の脅威

シリーズの敵対構造の変遷は、現実社会の脅威認識の変化を正確に映し出している。

  • 冷戦期(TV版):国家間のイデオロギー対立と核戦争の危機。
  • ポスト冷戦期(映画1-3作):裏切り者、武器商人、ローグ(ならず者)国家による核・バイオテロ。
  • 現代(デッドレコニング):「エンティティ(The Entity)」と呼ばれる自律型AI。

最新作において、イーサン・ハントが戦う相手は人間ではなく、あらゆるデジタルネットワークに侵入し、真実を改竄できるAIである。これは、現代社会が抱える「アルゴリズムによる支配」や「ポスト・トゥルース(真実の喪失)」への不安を具現化したものである。デジタルですべてが操作可能な世界において、イーサン・ハントが行う「自らの肉体を駆使したアクション」だけが、唯一改竄不可能な「真実」として提示される。この対比こそが、本シリーズが現代において持つ批評的な重要性である。

結論:永遠の導火線

『スパイ大作戦』から『ミッション:インポッシブル』へと続く半世紀の歴史は、単なるエンターテインメントの成功譚ではない。それは、冷戦時代の集団的パラノイアから、現代のデジタル監視社会における個人の抵抗まで、時代の不安と欲望を映し出し続けてきた鏡である。

産業的には、テレビドラマにおける「アンサンブル・キャスト」の文法を確立し、映画においてはトム・クルーズという特異点を通じて「実写アクションの復権」を主導した。文化的には、海を越えて日本の『ルパン三世』や『スーパー戦隊』のDNAとなり、世界のポップカルチャーに不可逆的な変容をもたらした。

2025年、シリーズは『ファイナル・レコニング』で一つの結末を迎えるとされる。しかし、導火線に火が点けられ、5/4拍子のリズムが鳴り響く限り、「不可能を可能にする」という物語の磁場は消えることはない。それは、テクノロジーがいかに進化しようとも、極限状況における人間の知恵と勇気、そしてチームワークへの信頼という普遍的なテーマが、常に求められ続けているからである。

付録:主要作品と歴史的マイルストーン

年代 作品・出来事 媒体 主なトピックと影響
1966-1973 スパイ大作戦 TV シリーズ開始。チーム制スパイ劇の確立。黒人キャスト(G.モリス)の起用。
1975 秘密戦隊ゴレンジャー TV 日本。石ノ森章太郎が『スパイ大作戦』を参考に5人戦隊を考案。
1988-1990 新スパイ大作戦 TV 脚本家ストライキの影響でリメイク企画として始動。ディスク再生機の登場。
1996 ミッション:インポッシブル 映画 トム・クルーズ製作・主演。フェルプスの裏切りが議論に。デ・パルマ監督。
2000 M:I-2 映画 ジョン・ウー監督。アクション重視への転換。
2011 ゴースト・プロトコル 映画 ブラッド・バード監督。ブルジュ・ハリファのスタントで「実写」ブランド確立。
2014 CA:ウィンター・ソルジャー 映画 マーベル映画。ルッソ監督が『M:I』の影響を公言。
2015- マッカリー体制 映画 クリストファー・マッカリー監督によるシリーズ化。連続性とスタントの過激化。
2023 デッドレコニング 映画 敵がAI「エンティティ」。デジタル社会への批評性。


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