概要
1927年に公開されたアメリカのサイレント映画『つばさ』(原題:Wings)は、映画史において永遠にその名が語り継がれる伝説的な傑作です。
なぜなら本作は、1929年に開催された「第1回アカデミー賞」において、記念すべき最初の「最優秀作品賞」を獲得した歴史的な作品だからです。
パラマウント・ピクチャーズが当時の金額で約200万ドルという天文学的な巨費を投じて製作した本作は、第一次世界大戦のヨーロッパ戦線を舞台に、若き戦闘機パイロットたちの友情と悲哀、そして美しい恋愛模様を描いた戦争アクション大作です。
監督を務めたウィリアム・A・ウェルマン自身が、第一次世界大戦で実際にフランス外人部隊の飛行部隊(ラファイエット戦闘機隊)に所属していた元・戦闘機パイロットであったため、本作の空中戦の描写には凄まじいまでのリアリティが宿っています。
CGや特殊効果が全く存在しなかった1920年代において、実際に大量の軍用機を飛ばし、空を舞う複葉機のコックピットにカメラを括り付けて撮影されたドッグファイト(空中戦)の映像は、現代の観客が観ても度肝を抜かれるほどの圧倒的な迫力とスピード感を誇ります。
さらに本作は、1920年代最大のセックス・シンボルであり「イット・ガール」として一世を風靡した大女優クララ・ボウが主演を務め、彼女のチャーミングな魅力が全編にわたって炸裂している点も見逃せません。
また、のちにハリウッドの大スターとなるゲイリー・クーパーが、わずか数分の出演ながら強烈な印象を残してスターダムを駆け上がるきっかけとなった作品としても知られています。
サイレント映画でありながら、映像の力だけで雄弁に物語を語り尽くし、後の『トップガン』などに連なるすべての「航空アクション映画」の偉大なる原点となった本作。
この記事では、エンタメ情報サイト「tvtomovie.com」の視点から、映画『つばさ』のあらすじや息を呑む見どころ、狂気とも言える撮影秘話、そして映画史における社会的評価までを徹底的に深掘りして解説していきます。
およそ1世紀前に作られたとは信じがたい、奇跡の映像体験の裏側に迫りましょう。
予告編
詳細(徹底解説)
あらすじと世界観
物語の舞台は、第一次世界大戦が勃発した1917年のアメリカのとある小さな田舎町。
車や機械いじりが大好きな明るい青年ジャック・パウエルと、地元の名家出身で真面目な青年デヴィッド・アームストロングは、町一番の美女であるシルヴィアを巡って恋のライバル関係にありました。
しかし、ジャックの隣人で幼馴染のお転婆娘メアリーは、ジャックに対して密かに熱烈な恋心を抱いていましたが、鈍感なジャックは彼女の気持ちに全く気付いていません。
やがてアメリカが第一次世界大戦に参戦すると、空を飛ぶことに憧れていたジャックとデヴィッドは揃って陸軍航空隊に志願します。
訓練所での厳しい日々や、ベテランパイロットのあっけない死といった過酷な現実を共有するうちに、対立していた二人の間には固い友情と絆が芽生え、やがて彼らは「無敵の親友コンビ」としてフランスの最前線へと派遣されます。
一方、愛するジャックを追いかけたい一心で、メアリーもまた女性自動車部隊(婦人部隊)の運転手としてヨーロッパ戦線へと向かいます。
本作の世界観は、前半の牧歌的でユーモラスなアメリカの田舎町の青春劇から一転、後半は泥と血にまみれたフランスの塹壕戦と、空中で繰り広げられる騎士道精神に満ちたドッグファイトという、極めて過酷で壮大な戦争の現実へとシフトしていきます。
サイレント映画 特有のオーバーな身振り手振りではなく、登場人物たちの繊細な表情や、大空を飛び交う無数の戦闘機のスペクタクルによって、戦争の栄光と悲惨さを同時に描き出すという、非常に成熟した映画的空間が構築されています。
シーズン/章ごとの展開
本作のストーリーラインは、若者たちの成長と戦争の激化に合わせて、大きく3つの章(幕)に分けて展開されます。
第1幕は、アメリカの田舎町を舞台にした、若者たちの無邪気な恋愛模様と出征への旅立ちを描く青春ドラマです。
ジャックがシルヴィアの写真を肌身離さず持っている一方で、メアリーがジャックの出発を見送りながら涙を流す切ないシーンなど、人間関係の土台が丁寧に描写されます。
第2幕では、航空隊の訓練基地からフランスの前線へと舞台が移り、過酷な空中戦のアクションが本格的にスタートします。
二人は数々のドイツ軍機を撃墜し、エースパイロットとして英雄的な名声を獲得していきますが、同時に仲間の死という戦争の残酷さにも直面します。
この中盤では、休暇をもらってパリを訪れたジャックが泥酔し、そこで彼を探し当てたメアリーが「フォリー・ベルジェール(パリのキャバレー)」で美しいドレス姿になり、彼を誘惑しようと奮闘するコミカルでロマンチックなシークエンスも大きな見どころとなっています。
そして第3幕のクライマックスは、サン・ミエルの大攻勢を背景にした、あまりにも皮肉で悲劇的な最終決戦です。
撃墜されて敵陣の奥深くに墜落したデヴィッドは、奇跡的に生き延びてドイツ軍の戦闘機を奪い、味方の陣地へと帰還しようと試みます。
しかし、親友が死んだと思い込み、復讐の鬼と化して空へ飛び立ったジャックは、飛んできたドイツ軍機に乗っているのがデヴィッドだとは知らず、凄まじい怒りとともにその機体を撃ち落としてしまうのです。
地上で墜落した機体に駆け寄り、親友を自らの手で殺してしまったことに気づいたジャックの慟哭は、戦争映画史上屈指のトラウマティックで悲痛な名シーンとして語り継がれています。
特筆すべき見どころ
本作の最大の見どころは、映画史の頂点に立つと言っても過言ではない、驚異的な「空中戦(ドッグファイト)」の撮影技術に尽きます。
前述の通りCGなど存在しなかった時代において、ウィリアム・A・ウェルマン監督はアメリカ陸軍の全面協力を取り付け、何百機もの本物の軍用戦闘機を空に飛ばして大規模な戦闘シーンを撮影しました。
驚くべきことに、観客に「パイロットの主観」や「臨場感」を伝えるため、戦闘機の機首やコックピットの真横に手巻き式のカメラを強引に括り付け、俳優たち自身に操縦桿を握らせながら、飛びながら自分でカメラのスイッチを入れて演技をさせるという、命がけの狂気的な撮影手法がとられました。
風を切り裂いて大空を旋回し、敵機が煙を吹いて墜落していく様を捉えた映像の数々は、現代のVFXを駆使したブロックバスター映画と比べても全く遜色のない、生々しい迫力とスピード感に満ち溢れています。
また、パリのキャバレーのシーンにおいて、テーブルが並ぶ広いフロアをカメラが一直線に前進していく(グラスの間をすり抜けていく)流麗なトラッキング・ショットは、当時のカメラ技術の限界を突破した革新的な映像表現として、多くの映画監督たちに多大なインスピレーションを与えました。
さらに、過酷な戦争描写の中にあって、クララ・ボウ演じるメアリーの存在感は、本作における一筋の輝かしい光となっています。
彼女のくるくると変わる表情、大きな瞳で恋焦がれる姿は、戦争映画という重いジャンルの中に最高のロマンスとユーモアをもたらしており、彼女がいかにして1920年代を代表する大スターとなったかを証明する完璧なパフォーマンスを見せています。
制作秘話・トリビア
本作の撮影現場は、完璧主義者であるウェルマン監督の狂気と執念によって、幾度となくスケジュールが遅延し、スタジオの上層部を激怒させることになりました。
中でも有名なエピソードが、「雲待ち(Waiting for clouds)」の伝説です。
ウェルマン監督は、青空を飛ぶ飛行機をただ撮影してもスピード感や立体感(遠近感)が伝わらないと考え、「背景に美しい雲がある状態でなければ絶対に撮影しない」と固く決意していました。
そのため、撮影隊は何週間もテキサスのロケ地で完璧な雲が現れるのを待ち続け、膨大な予算と日数が浪費されていきました。
業を煮やしたパラマウントの重役たちが現場に怒鳴り込んできましたが、ウェルマンは一歩も引かず、結果的にその「雲」を背景にした空中戦の映像は、映画史に残る奇跡の立体感を生み出すことに成功したのです。
また、本作にはアメリカ軍から歩兵部隊がエキストラとして数千人規模で動員されており、地上での爆撃シーンでは本物のダイナマイトが大量に使用されました。
撮影現場はまるで本物の戦場のような危険地帯であり、実際に撮影中の事故で数名のスタントパイロットや関係者が命を落とすという、尊い犠牲を伴って完成した悲劇的な裏話も持っています。
さらに、ゲイリー・クーパーが演じた「ホワイト候補生」のシーンにも有名なトリビアがあります。
テントの中でジャックやデヴィッドと談笑し、チョコレートバーをかじりながら颯爽と出撃していき、その直後にあっけなく墜落死するというわずか2分程度の出演でしたが、その洗練された佇まいと哀愁に満ちた死に様が当時の観客の心を鷲掴みにし、パラマウントには彼に関する問い合わせの手紙が殺到。
この一瞬の出演が、彼をハリウッドの伝説的スターへと押し上げる最大のブレイクスルーとなりました。
キャストとキャラクター紹介
- メアリー・プレストン:クララ・ボウ
- ジャックの隣に住む幼馴染で、活発でお転婆な性格の魅力的なヒロインです。
- ジャックに対して一途な恋心を抱いていますが、彼が別の女性に夢中であるため、常に報われない切なさを抱えています。
- 愛するジャックを守るために自らも軍隊(女性自動車部隊)に志願してフランスへ渡るという、行動力と自立心に溢れた現代的な女性像を体現しており、その健気さとコケティッシュな魅力で観客の視線を釘付けにします。
- ジャック・パウエル:チャールズ・“バディ”・ロジャース
- 本作の主人公であり、明るく無邪気で、空を飛ぶことに強い憧れを持つ青年です。
- デヴィッドをライバル視していましたが、戦場での極限状態を経て彼と無二の親友となり、立派なエースパイロットへと成長していきます。
- メアリーの愛情に全く気づかない鈍感さと、親友を失った際の凄まじい慟哭のギャップが、戦争がいかに若者の心を破壊するかを如実に物語っています。
- デヴィッド・アームストロング:リチャード・アーレン
- 地元の名家出身の真面目で誇り高い青年で、ジャックの親友となるもう一人の主人公です。
- ジャックとは対照的に落ち着いた性格で、シルヴィアの本当の恋人でもあります。
- 出征前に母親からお守りとして渡された「テディベア」を常にコックピットに乗せて戦う姿が印象的であり、彼の迎える悲劇的な結末は本作のドラマ性を決定づける最重要のポイントとなっています。
- シルヴィア・ルイス:ジョビナ・ラルストン
- ジャックとデヴィッドから思いを寄せられる、町一番の美しい令嬢です。
- 心の中ではデヴィッドを深く愛していますが、優しすぎる性格ゆえにジャックの熱烈なアプローチをむげに断り切ることができず、結果的に彼に誤解を与えたまま戦地へ送り出してしまうという、罪作りな役割を担っています。
- ホワイト候補生:ゲイリー・クーパー
- ジャックとデヴィッドが訓練所で出会う、先輩のベテランパイロットです。
- これから戦場へ向かう若者たちに優しく接し、テントでチョコレートをかじりながら見せる堂々とした振る舞いは、圧倒的なカリスマ性を放っています。
- 彼の唐突な死は、主人公たちにとって「戦争における死の現実」を最初に突きつけられる強烈な通過儀礼となります。
キャストの代表作品と経歴
- クララ・ボウ
- 1920年代のハリウッドを象徴する絶対的なトップスターであり、映画『イット(It)』に主演したことで、魅力的で性的なアピールを持つ女性を指す「イット・ガール(It Girl)」という言葉の語源となった伝説的な女優です。
- フラッパー(1920年代の新しいスタイルを持った若い女性)のアイコンとして世界中の女性の憧れの的となりましたが、労働者階級特有の強いブルックリン訛りがあったことや、精神的な不安定さが原因で、映画がトーキー(有声映画)時代に移行すると同時に人気が低迷し、若くして銀幕から引退してしまったという悲劇的な側面も持っています。
- チャールズ・“バディ”・ロジャース
- 「アメリカのボーイフレンド」という愛称で親しまれた、甘いマスクと親しみやすいキャラクターが持ち味のスター俳優です。
- 俳優業だけでなく、ジャズミュージシャン(バンドリーダー)としても大きな成功を収めました。
- プライベートでは、無声映画時代の大スターであり「アメリカの恋人」と呼ばれたメアリー・ピックフォードと結婚し、ハリウッドの歴史に深く名を刻んでいます。
- ゲイリー・クーパー
- 本作でのカメオ出演に近い端役から一気にブレイクを果たし、後に『真昼の決闘』や『ヨーク軍曹』でアカデミー賞主演男優賞を2度も受賞することになる、ハリウッド黄金期を代表する最高の映画スタ-の一人です。
- 寡黙で男らしく、誠実なアメリカ人の理想像を体現し続け、ジョン・ウェインらと並び称される西部劇や戦争映画の絶対的なアイコンとなりました。
- ウィリアム・A・ウェルマン(監督)
- ギャング映画の金字塔『民衆の敵』や、初代『スタア誕生』などを手掛けた、アメリカ映画界を代表する名匠です。
- 自らの従軍経験に裏打ちされたタフで男臭いアクション演出を得意とする一方で、登場人物の繊細な心理描写にも定評があり、「ワイルド・ビル」という愛称で多くの俳優やスタッフから畏敬の念を抱かれていました。
まとめ(社会的評価と影響)
映画『つばさ』は、映画芸術科学アカデミーが主催する第1回アカデミー賞において、最優秀作品賞(当時は「Outstanding Picture」)を受賞するという、映画史において唯一無二の金字塔を打ち立てた作品です。
さらに、その卓越した空中戦の撮影技術が評価され、最優秀技術効果賞(現在の視覚効果賞に相当)も同時に獲得しています。
本作の成功は、ハリウッド映画の巨大な商業的ポテンシャルを世界に知らしめると同時に、「本物の戦闘機を使ってドッグファイトを撮影する」という航空アクション映画の絶対的な基礎文法を確立しました。
後年の名作『地獄の天使』や、現代の大ヒット作『トップガン』、そして『トップガン マーヴェリック』に至るまで、すべてのパイロット映画は本作『つばさ』のDNAを色濃く受け継いでいると言っても過言ではありません。
サイレント映画という古いフォーマットでありながら、セリフに頼らずに視覚的スペクタクルと人間の本質的な感情だけで物語を牽引する本作の圧倒的なパワーは、1世紀という長い時を経た現在でも全く色褪せることがありません。
また、失われつつある「純粋な映画的野心」と「CGに頼らない肉体的な撮影」の結晶として、フィルムアーカイブの観点からも極めて重要な文化遺産とみなされています。
戦争の無意味さと悲劇を描きながらも、大空を翔ける若者たちのきらめくような青春を見事にフィルムに焼き付けた本作は、映画ファンであれば一生に一度は必ず体験しておくべき、永遠のマスターピースだと言えるでしょう。
作品関連商品
- 『つばさ』修復版 デジタルリマスター Blu-ray / DVD
- 長らくオリジナルのフィルムが失われたと考えられていましたが、奇跡的に発見されたプリントを基にパラマウントが巨費を投じて最新技術で修復した、美しいデジタルリマスター版のディスクです。
- J・S・ザメクニックが作曲したオリジナルのオーケストラ伴奏音楽や、現代の映画音楽家であるカール・デイヴィスが新たに録音したスコアが収録されており、サイレント映画特有の豪華な音楽体験を家庭のシアターシステムで存分に味わうことができます。
- 映画『トップガン マーヴェリック』Blu-ray / DVD
- 『つばさ』から約1世紀の時を経て、「本物の戦闘機に俳優を乗せてコックピットから撮影する」という狂気の撮影手法を現代の最新技術で蘇らせた、航空アクション映画の最高峰です。
- 『つばさ』を鑑賞した後に本作を観ることで、映画製作者たちの空への憧れと、実写撮影にかける執念がいかに時代を超えて継承されているかを深く実感することができ、映画鑑賞の喜びが何倍にも膨れ上がるはずです。
- 映画『イット(It)』DVD
- クララ・ボウが「イット・ガール」という称号を決定づけた、1927年の大ヒット・ロマンティック・コメディ映画です。
- 『つばさ』のメアリー役で彼女のコケティッシュな魅力にすっかり取り憑かれてしまった方は、ぜひ本作を観て、1920年代のアメリカを熱狂させた「言葉にできない性的魅力(It)」の真髄を目撃してください。

