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【徹底解説】クローバーフィールド/ハピネス (Leave No Trace / 2018)の評価は?あらすじから結末、キャストまで総まとめ

ヒューマンドラマ
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概要

映画『クローバーフィールド/ハピネス (Leave No Trace / 2018)』(日本公開時タイトル:『足跡はかき消して』)は、2018年に公開されたアメリカのインディペンデント映画であり、現代社会における真の豊かさや家族のあり方を問う、ヒューマンドラマの最高峰と呼ぶにふさわしい傑作です。
本作は、世界で最も権威ある辛口映画批評サイト「Rotten Tomatoes(ロッテントマト)」において、映画史に残る驚異的な記録を打ち立てたことで広く知られています。
それは、「極めて多くの批評家レビュー数を集めながら、批評家スコア100%を維持し続けている映画」という、他に類を見ない圧倒的な評価です。
メガホンを取ったのは、ジェニファー・ローレンスの出世作『ウィンターズ・ボーン』を手掛け、社会の周縁で生きる人々の姿をリアルかつ温かい眼差しで描くことに定評のある名匠、デブラ・グラニック監督です。
彼女は本作でもその卓越した手腕を遺憾なく発揮し、声高に社会への不満を叫ぶのではなく、静寂と自然の音に包まれた映像美の中で、人間の内面に潜む深い傷と愛情をスクリーンに焼き付けました。
物語の主人公は、イラク帰還兵であり深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱える父親のウィルと、その10代の娘であるトムです。
二人は現代社会のシステムや福祉を完全に拒絶し、オレゴン州ポートランドに広がる広大な公有林の中で、誰にも見つからないようにテントを張りながらひっそりとサバイバル生活を送っています。
しかし、ある些細な出来事をきっかけに彼らの存在が公の機関に知られてしまい、父娘の静かで平穏な生活は突如として終わりを告げることになります。
本作は、決して派手なアクションや劇的なストーリー展開で観客を驚かせるような、典型的なハリウッド・エンターテインメント大作ではありません。
むしろ、森の木々が風に揺れる音や、冷たい雨の滴る音とともに、親子の間に存在する絶対的な絆と、やがて訪れる「精神的な自立」という避けられない別れを、極めて静かに、そして優しく描き出しています。
この記事では、なぜ本作がこれほどまでに世界中の批評家や映画ファンから満場一致で絶賛されているのか、その理由を詳細なあらすじやキャストの魅力、そして制作秘話とともに徹底的に深掘りしていきます。

オープニング

詳細(徹底解説)

あらすじと世界観

物語の舞台は、アメリカ北西部、オレゴン州ポートランドに広がる広大な自然公園(フォレスト・パーク)の深い森の中です。
退役軍人である父親のウィルと、13歳の娘トムは、社会のインフラや福祉に一切頼ることなく、二人きりで完全に自給自足のオフグリッド生活を営んでいました。
彼らは雨水を巧みに溜めて飲み水にし、周囲の目を盗んで火を起こして温かい食事を作り、夜は一つのテントで寄り添って本を読みながら眠りにつくという、原始的でありながらも非常に豊かな精神生活を送っています。
ウィルは娘のトムに一般的な学校教育を受けさせてはいませんでしたが、森の中で生き抜くための高度なサバイバル術だけでなく、百科事典や文学を通じた読書によって、同年代の子供たちに引けを取らない十分な教養と知性を身につけさせていました。
トムにとって、この鬱蒼とした森での生活こそが「当たり前の日常」であり、父親は世界で唯一の頼れる存在であり、絶対的な保護者にして最高の教師でもありました。
しかし、トムが森の中で無邪気に遊んでいた姿を、偶然ジョギング中だった人間に目撃されてしまったことで、二人の運命の歯車は大きく狂い始めます。
通報によって駆けつけた警察官とソーシャルワーカー(児童相談所)によって森から引きずり出された二人は、強制的に「文明社会」の枠組みの中に組み込まれることになります。
社会福祉局から提供された温かい家、定期的な食事、そしてトムのための学校という、一般的には「幸福」とされる環境を与えられた二人ですが、戦争のトラウマに苦しむウィルにとって、それは耐え難い苦痛と束縛の連続でしかありませんでした。
一方で、好奇心旺盛な娘のトムは、同年代の若者たちとの交流や、新しい知識の吸収、そして社会の中に「自分の居場所」を見つけることに少しずつ喜びと安らぎを感じ始めます。
この「どうしても社会に適応できない父親」と「社会の温かさを知り、そこへ惹かれていく娘」という残酷な対比が、物語の後半に向けて切なくも美しい、そして避けては通れないドラマを生み出していくのです。

物語の展開と結末への歩み(ネタバレあり)

映画は大きく分けて三つの舞台を移動しながら、父娘の心情の変化を丁寧に追っていきます。
第一の舞台は、彼らの絶対的なサンクチュアリであったポートランドの森と、そこから引き離された直後に押し込まれた農場のコミュニティです。
農場主から仕事を与えられ、トムは地元の少年たちと触れ合いながら4Hクラブ(農業やウサギの品評会などを行う青少年組織)に参加し、定住する喜びに目覚めていきます。
しかし、管理された生活に息苦しさを感じ、フラッシュバックに苛まれるウィルは限界を迎え、トムを連れて再び逃亡生活に出ることを決意します。
第二の舞台は、ヒッチハイクで向かったワシントン州の広大な原生林での過酷な逃避行です。
ポートランドの森とは違い、手付かずの過酷な自然と厳しい寒さが二人を襲い、ついにウィルは足に大怪我を負ってしまい、身動きが取れなくなってしまいます。
凍死の危機に瀕したトムは、必死の思いで助けを求め、偶然見つけたRV(キャンピングカー)コミュニティの人々に救出されます。
ここが第三の舞台であり、物語の最終的な結末を迎える場所となります。
このRVコミュニティの人々は、社会の片隅で寄り添うように生きており、傷ついたウィルとトムを一切の偏見や詮索なしに温かく迎え入れてくれました。
トムはこのコミュニティに深い愛情を感じ、養蜂を手伝うなどして、ここを自分たちの「本当の家」にしたいと強く願うようになります。
しかし、怪我が回復したウィルは、どれほど居心地が良くても「誰かと共に定住する」ということが精神的に不可能であり、再び森の奥深くへと旅立つ準備を始めます。
ここでついに、トムは父親についていくことを拒否し、「お父さんが抱えている問題は、私にはない(The same thing that’s wrong with you isn’t wrong with me)」と決定的な言葉を告げます。
互いを深く愛し合いながらも、生きる世界が根本的に違ってしまったことを悟った二人が、森の入り口で静かに抱き合い、別々の道を歩み始めるラストシーンは、映画史に残るほど美しく、観る者の涙を誘います。

特筆すべき見どころ

本作の最大の魅力であり、多くの批評家を驚嘆させたのは、登場人物の中にいわゆる「悪役」や「敵」が一人も存在しないという点にあります。
ウィルとトムを森から保護し、社会に適合させようとするソーシャルワーカーや警察官、農場のオーナー、そしてRVコミュニティの人々は、皆一様に親切であり、心から彼らの未来を案じて行動しています。
彼らは決して権力を振りかざす冷酷なシステムの手先ではなく、「善意」を持って父娘に接しているのですが、その社会的な「善意」こそが、社会システムから外れてしか生きられないウィルにとっては、息を詰まらせる暴力となってしまうという痛ましいジレンマが見事に描かれています。
この「誰も悪くないのに、悲劇的なすれ違いが起きてしまう」という構造が、物語に深いリアリティと切なさを与えているのです。
また、映画全体を包み込む、アメリカ北西部の圧倒的な自然の映像美も必見です。
撮影監督のマイケル・マクドノーが切り取る、ポートランドの湿り気を帯びた深い緑の森は、ウィルにとっては外敵から身を守るための安全なシェルターであり、トムにとっては世界のすべてでした。
カメラは、そんな自然の美しさだけでなく、時に容赦のない厳しさや冷たさも客観的に捉え、言葉を持たない森そのものが、まるで一つの巨大なキャラクターであるかのように機能しています。
さらに、劇中ではウィルの抱えるPTSDの具体的な原因、例えば戦場での凄惨な出来事などを、フラッシュバックの映像や過剰な説明ゼリフで安易に見せることは一切していません。
遠くを飛ぶヘリコプターのプロペラ音に怯え身をすくめる姿や、人混みの中で見せる虚ろで怯えた目、そして夜中にテントの中でうなされる様子など、主演のベン・フォスターの極めて繊細で抑制の効いた演技だけで、彼が脳内でどれほどの地獄を抱えて生きているのかを観客に想像させる演出が秀逸です。
説明を極限まで削ぎ落とすことで、観客はウィルの無言の痛みと、トムの言葉にできない戸惑いを、よりダイレクトに肌で感じることができるよう緻密に計算されているのです。

制作秘話・トリビア

本作は、作家のピーター・ロックが2009年に発表した小説『My Abandonment』を原作としていますが、この小説自体も、実際にポートランドの森林公園で発見された父娘の真実のニュースから強いインスピレーションを得て執筆されています。
現実の事件でも、父娘は広大な森の中で4年間も誰にも見つからずに精巧なキャンプを作り上げて生活しており、発見後に社会福祉機関の保護下に置かれましたが、その数日後には再び姿を消してしまったという、映画の結末に通じる数奇な運命を辿っています。
デブラ・グラニック監督は、この重厚な物語を映画化するにあたり、徹底的なリサーチを行い、実際のホームレス支援者や野外サバイバルの専門家から綿密な助言を仰ぎました。
劇中でウィルとトムが湿った小枝から火を起こすシーンや、雨水を濾過して浄化するシーンなどは、すべて専門家の厳しい指導の下、俳優たちが実際に習得した本物の技術が用いられており、ドキュメンタリー映画を見ているかのような生々しい質感が追求されています。
また、デブラ・グラニック監督はハリウッドにおいて「無名の新人を発掘する天才」としても高く評価されています。
過去には『ウィンターズ・ボーン』で当時無名だったジェニファー・ローレンスを大抜擢し、彼女をスターダムへ、そしてアカデミー賞女優への道へと導きました。
本作においても、ニュージーランド出身で当時まだ国際的な実績のなかったトーマシン・マッケンジーを見出し、彼女の持つピュアで力強い存在感をスクリーンに最大限に引き出すことに成功しました。
トーマシンはこの作品での圧巻の演技が高く評価され、その後ハリウッドの第一線で活躍するトップ女優へと見事な飛躍を遂げています。

キャストとキャラクター紹介

  • ウィル:演・ベン・フォスター
    イラク戦争に兵士として従軍した凄惨な経験から重度のPTSDを患い、社会との関わりを完全に断って森で生きることを選んだ不器用な父親です。
    娘のトムを誰よりも深く、全身全霊で愛しており、彼女を守り抜いて教育することだけが生きる目的となっていますが、自身の抱える深い心のトラウマゆえに、定住して「普通」の生活を送ることがどうしてもできません。
    言葉数は非常に少ないものの、ふとした視線の動きや震える仕草から、娘への溢れんばかりの愛情と、社会に対する底知れぬ恐怖が痛いほど伝わってくる、非常に難しくも奥深いキャラクターです。
  • トム:演・トーマシン・マッケンジー
    ウィルの愛娘であり、父親とともに森の中で過酷なサバイバル生活を送りながらも、素直で賢く、心優しく芯の強い少女へと成長しました。
    幼い頃から「父親と過ごす森の世界」が彼女の知る世界のすべてでしたが、保護されて外の世界に触れることで、同年代のコミュニティの温かさや、定住して安心を得る喜びに目覚め、自らのアイデンティティと父親への愛の間で激しく葛藤し始めます。
    父親を深く愛し、理解しながらも、「私はお父さんとは違う人間なのだ」と気づいていくその痛切な過程は、すべての人がいつかは経験する親離れと精神的自立を見事に体現しています。
  • ジーン:演・ダナ・ミリカン
    森で発見されたウィルとトムを最初に担当することになる、児童相談所のソーシャルワーカーの女性です。
    社会の一般的なルールから大きく逸脱した父娘に対し、決して頭ごなしに否定したり偏見を持ったりすることなく、二人が人間らしく安全な生活を送れるように真摯にサポートを行います。
    彼女の存在は、社会が持つ「良心」や「セーフティネット」の象徴であり、悪意が一切ないからこそ、結果的にウィルの心を追い詰め、苦しめてしまうという本作の複雑で残酷なテーマを際立たせる重要な役割を担っています。

キャストの代表作品と経歴

ベン・フォスター

1980年生まれのアメリカ合衆国出身の俳優で、狂気を孕んだエキセントリックな役柄から、本作のような極めて繊細で内省的な役柄まで、幅広いキャラクターをまるで憑依させるように演じ切る、ハリウッド屈指の実力派カメレオン俳優として知られています。
代表作には、西部劇の傑作『3時10分、決断のとき』や、アカデミー賞にノミネートされた現代西部劇『最後の追跡(Hell or High Water)』などがあり、いずれも脇役でありながら主役を喰うほどの強烈な印象を残しています。
本作『クローバーフィールド/ハピネス (Leave No Trace / 2018)』では、過去のトラウマに苦しみ、娘を愛しながらも共に生きられない不器用な父親を、セリフではなく背中や佇まいで表現し、自身のキャリア史上最高とも言える名演を披露しました。
彼の過剰な感情表現を極限まで抑えた抑制された演技があったからこそ、この映画の持つ静かなる衝撃とリアリティがより強固なものになったと言っても過言ではありません。

トーマシン・マッケンジー

2000年生まれ、ニュージーランドのウェリントン出身の若手トップ女優の一人であり、現在ハリウッドで最も熱い視線を集める才能です。
本作でのトム役の演技が世界中の批評家から大絶賛され、数多くの権威ある映画賞においてブレイクスルー賞や新人賞を総なめにし、一躍ハリウッドの第一線へと躍り出ました。
その後の活躍は目覚ましく、タイカ・ワイティティ監督が手掛けたアカデミー賞受賞作『ジョジョ・ラビット』でのユダヤ人少女役や、エドガー・ライト監督のサイコロジカル・ホラー『ラストナイト・イン・ソーホー』での主演、M・ナイト・シャマラン監督のスリラー『オールド』など、話題の大作や野心作に次々と主要キャストとして抜擢されています。
少女のような純粋な透明感と、スクリーンを支配するほどの圧倒的な芯の強さを兼ね備えた彼女の演技力は、今後も長きにわたって映画界に大きな爪痕を残していくことでしょう。

まとめ(社会的評価と影響)

映画『クローバーフィールド/ハピネス (Leave No Trace / 2018)』は、レビュー集積サイトRotten Tomatoesにおいて、なんと250件以上もの厳しい批評家レビューが集まっているにもかかわらず、驚異のスコア「100%」を現在に至るまで維持し続けるという歴史的な快挙を成し遂げました。
これは『市民ケーン』や『七人の侍』といった映画史に残る古典的な名作と肩を並べる、あるいはそれ以上の普遍的な評価を獲得しているとも言える異常な事態であり、本作がいかに人間の根源的なテーマを、寸分の狂いもない完璧なバランスで描き切っているかの最大の証明でもあります。
多くの批評家や映画ファンが本作を絶賛したのは、社会のセーフティネットからこぼれ落ち、森に隠れ住むしかなかった人々を、決して安易なヒロイズムで美化したり、お涙頂戴の悲劇のフォーマットに落とし込むことなく、ただただ誠実に、ドキュメンタリーのような静かな視点で寄り添って描いた点にあります。
親が子を守りたいと願う無償の愛と、子が親の世界から巣立って自らの足で歩み出すという、避けては通れない痛切な別れ。
この二つの強烈な感情が静かに交差するラストシーンは、映画史に残るほど静寂に包まれており、それでいて観る者の心を激しく、そして長く揺さぶり続ける名場面として語り継がれています。
派手な視覚効果やショッキングな演出が溢れかえる現代のエンターテインメント業界の中で、本作のような深い静寂と想像の余白を持った映画がこれほどまでに高く評価されたことは、映画という芸術が本来持っている「人間の魂を描く」という底力を、改めて世界中に知らしめる結果となりました。

作品関連商品

本作が描く静謐で美しい世界観に深く感銘を受けた方には、映画の魅力をさらに深掘りできる関連商品をぜひチェックしていただきたいです。
まず、本作のDVDおよびBlu-rayは日本国内でも『足跡はかき消して』のタイトルで発売されており、高画質でポートランドの美しい森の映像を堪能できるだけでなく、特典映像としてデブラ・グラニック監督の貴重なインタビューや、過酷な自然環境の中での撮影の裏側を収めたメイキング映像が収録されている場合があり、映画ファン必携のアイテムとなっています。
また、物語のベースとなったピーター・ロックの原作小説『My Abandonment』(※日本語翻訳版の出版状況は書店やオンラインストア等で要確認)は、映画では映像として語られた父娘の細やかな心情描写や、実際の事件に基づいた緊迫感を、活字ならではの深い表現で味わうことができる必読の一冊です。
さらに、ディコン・ヒンチリフが手掛けたオリジナル・サウンドトラックも非常に素晴らしい完成度を誇っており必聴です。
森の静寂を邪魔しない、アコースティックギターとストリングスを中心としたミニマルで哀愁漂う美しい楽曲群は、聴く者をいつでも再び、ポートランドの深く冷たい森の中へと優しく誘ってくれることでしょう。

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