概要
映画『市民ケーン』(原題:Citizen Kane)は、1941年に公開されたアメリカのミステリー・ドラマ映画です。
天才オーソン・ウェルズが、若干25歳という驚異的な若さで監督・製作・共同脚本・主演の4役をたった一人でこなし、映画史を根底から覆した不朽の名作として広く知られています。
物語は、アメリカの言論を牛耳った巨大な新聞王チャールズ・フォスター・ケーンの波乱万丈な生涯を描き出しています。
彼が死の直前に残した謎の言葉「バラのつぼみ(Rosebud)」の真相を、一人の記者が追っていくミステリー仕立ての巧みな構成が特徴です。
本作が「映画の教科書」や「史上最高の映画」と今日まで高く評価され続けている最大の理由は、その革新的な映像表現と物語の語り口にあります。
パン・フォーカス(手前から奥まで画面全体にピントを合わせる技術)や、極端なローアングル撮影、そして複数の関係者の証言によって主人公の人物像を多角的に浮き彫りにしていく複雑な回想録形式など、現代の映画演出の基礎となるあらゆる技法がこの一本に詰め込まれています。
本記事では、そんな『市民ケーン』のあらすじや見どころ、キャスト情報、そして今なお色褪せない魅力の秘密を徹底的に深掘りして解説していきます。
予告編
詳細(徹底解説)
あらすじと世界観
物語は、フロリダ州にある壮大で異様な邸宅「ザナドゥ(桃源郷)」で、孤独な老人が息を引き取る静かな場面から幕を開けます。
彼の手からスノードームが滑り落ちて粉々に砕け散る瞬間、老人は「バラのつぼみ……」という謎めいた言葉を言い残しました。
この老人こそが、アメリカの世論を牛耳った巨大新聞チェーンのトップであり、桁外れの富を築き上げた新聞王チャールズ・フォスター・ケーンです。
彼の死は世界中で大々的に報じられますが、ニュース映画のプロデューサーは彼の表面的な生涯をまとめただけの映像に物足りなさを感じます。
そこで、部下の記者であるジェリー・トンプソンに対し、ケーンが最期に残した「バラのつぼみ」という言葉の真意を突き止めるよう命じました。
トンプソン記者は、ケーンの生前をよく知る5人の人物(後見人、元部下、親友、元妻、執事)のもとを訪ねてインタビューを重ねていきます。
彼らの証言を通して、貧しい少年時代から莫大な財産を相続し、新聞社を立ち上げて権力の階段を駆け上がっていく姿、そして政治的野心の挫折や愛する人々との決定的なすれ違いが次々と明らかになっていきます。
栄光と孤独に満ちたケーンの世界観は、実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにしていることでも有名であり、当時のアメリカのメディア産業と資本主義の光と影を痛烈に風刺しています。
複雑な回想録形式の展開
本作は、時系列に沿って物語が進む従来の直線的な映画とは異なり、関係者の回想によって過去と現在を行き来する画期的な構成を持っています。
トンプソン記者の取材対象が変わるごとに、同じ出来事であっても語り手の主観や立場によってケーンの印象が大きく変わっていくのが見事です。
最初は後見人サッチャーの日記から「反抗的で傲慢な青年」としてのケーンが語られます。
次に、忠実な部下バーンスタインの視点からは「カリスマ性に溢れたエネルギッシュで気前の良いリーダー」としての姿が描かれます。
しかし、かつての親友リーランドの回想では「己の欲望とエゴのために周囲を傷つける独裁者」へと変貌していく悲しい過程が浮き彫りになります。
さらに、二番目の妻スーザンの証言を通して、愛情を強要し、彼女の才能を無理やり開花させようとする歪んだ支配欲が痛々しく描かれます。
このように、パズルのピースを一つずつはめ込んでいくような展開は、観客を飽きさせない極上の人間ミステリーとして機能しており、「真実の姿は一つではない」という深いテーマを提示しています。
特筆すべき見どころ(映像革命と演出)
本作の最大の魅力は、天才撮影監督グレッグ・トーランドと若きオーソン・ウェルズが生み出した「映像革命」にあります。
最も有名なのが、手前の人物から奥の背景まで画面のすべてにピントを合わせる「パン・フォーカス(ディープ・フォーカス)」という技術です。
これにより、カットを細かく割ることなく、画面内の複数の出来事を同時に表現し、観客に「どこを見るか」を選択させる自由を与えました。
また、セットの天井をわざと作り込み、床を掘り下げてカメラを配置した「ローアングル撮影」は、ケーンの権力の大きさと、同時に彼を圧迫する孤独感を視覚的に強調しています。
さらに、光と影の強いコントラストを生かした照明(キアロスクーロ)や、人物のセリフが重なり合うリアルでテンポの速い会話劇は、当時の映画界に多大な衝撃を与えました。
年月が経つにつれて関係が冷え切っていく最初の妻との姿を、数分間の朝食シーンの連続だけで表現した「モンタージュ技法」も見逃せません。
特殊メイクアップ・アーティストのモーリス・サイダーマンによる、登場人物たちの自然な老化を表現したメイク技術も当時としては群を抜いており、現代映画の技法はすべて『市民ケーン』から始まっていると言っても過言ではないのです。
制作秘話・トリビア
本作の制作には、映画本編と同じくらいドラマチックで危険な裏話が存在します。
当時、ラジオ番組『宇宙戦争』のパニック騒動で全米に名を轟かせていた若きオーソン・ウェルズに対し、RKO映画社は「最終編集権を含む完全な自由」というハリウッド史上破格の条件で契約を結びました。
しかし、完成した映画の主人公ケーンが、実在の強大なメディア王ウィリアム・ランドルフ・ハーストを露骨にモデルにしていたため、ハーストの猛烈な怒りを買うことになります。
激怒したハーストは自身の系列新聞でこの映画を徹底的に黙殺し、ハリウッドの各スタジオに圧力をかけてフィルムの買い取りやネガの焼却まで画策しました。
その結果、公開当時の興行成績は振るわず、アカデミー賞でも作品賞など9部門にノミネートされながら、不遇にも脚本賞の1部門しか受賞できませんでした。
しかし、戦後になってヨーロッパの批評家たち、特にフランスの『カイエ・デュ・シネマ』誌などで再評価の機運が高まり、現在に至る絶対的な「神話」が形成されることになったのです。
ちなみに、誰もいない部屋で死んだはずのケーンの「バラのつぼみ」という言葉を誰が聞いたのか、という有名な脚本上の矛盾(プロット・ホール)がありますが、後に執事のレイモンドが「自分が聞いていた」と証言するシーンが用意されており、緻密な計算の上で作られていることが分かります。
キャストとキャラクター紹介
- チャールズ・フォスター・ケーン: オーソン・ウェルズ
本作の主人公であり、ばく大な富と権力を手にしたメディア王です。
「愛されること」を渇望しながらも、他人に対しては「自分のルールに従うこと」しか許容できない不器用で傲慢な性格をしています。
若き日の野心に満ちたはつらつとした姿から、晩年の孤独で怒りっぽい老いぼれた姿までを、ウェルズ自身が圧倒的な存在感で見事に演じきりました。 - ジェデダイア・リーランド: ジョゼフ・コットン
ケーンの大学時代からの親友であり、劇評家として長年彼を支える人物です。
強い信念を持つ理想主義者であり、ケーンが次第に権力やエゴに溺れていく姿に耐えきれず、やがて彼と決定的な決別をすることになります。
ケーンの失われた良心や正義感を象徴するような存在であり、二人の友情の崩壊は物語の大きな悲劇として描かれています。 - スーザン・アレクサンダー・ケーン: ドロシー・カミンゴア
ケーンの二番目の妻であり、元々は純朴で平凡な女性でした。
オペラ歌手になりたいという彼女のささやかな夢を、ケーンが自らの見栄と権力誇示のために巨大なプロジェクトへと拡大させ、彼女を精神的に追い詰めていきます。
豪邸「ザナドゥ」で虚ろな表情でジグソーパズルばかりしている姿は、彼女の果てしない退屈と絶望的な孤独を見事に表しています。 - ミスター・バーンスタイン: エヴェレット・スローン
ケーンが新聞社を立ち上げた当初から彼に仕え続ける、忠実で有能なビジネス・マネージャーです。
リーランドとは異なり、ケーンの欠点や傲慢さも含めて彼を盲目的に崇拝し、最後まで彼を擁護し続ける温厚な人物として描かれています。 - ウォルター・パークス・サッチャー: ジョージ・クールリス
ケーンの少年時代に、母親からの依頼で彼の後見人となった堅物の銀行家です。
資本主義の権化のような人物であり、反体制的で反抗的なケーンとはことごとく対立しますが、彼の残した回顧録の日記がトンプソン記者の最初の重要な手がかりとなります。
キャストの代表作品と経歴
- オーソン・ウェルズ
1915年生まれの、アメリカを代表する天才映画監督、俳優、脚本家です。
本作『市民ケーン』で映画史に永遠の名を刻んだ後も、『上海から来た女』や『黒い罠』などの傑作フィルム・ノワールを監督・主演し、比類なき才能を発揮し続けました。
また、俳優としてはキャロル・リード監督の『第三の男』における悪役ハリー・ライム役が非常に有名であり、その圧倒的なオーラは今も語り継がれています。 - ジョゼフ・コットン
オーソン・ウェルズが主宰する劇団「マーキュリー劇場」の出身であり、ウェルズの公私にわたる盟友として知られています。
本作で鮮烈な映画デビューを飾った後、アルフレッド・ヒッチコック監督のサイコ・サスペンス『疑惑の影』や、名作『第三の男』などで主演を務め、ハリウッドの黄金期を第一線で支える名優として活躍しました。
まとめ(社会的評価と影響)
『市民ケーン』は、アメリカ映画協会(AFI)が選ぶ「アメリカ映画ベスト100」において、1998年と2007年の両方で堂々の第1位に輝くなど、常に「史上最高の映画」の代名詞として君臨し続けています。
大手レビューサイトのRotten Tomatoesでも驚異のスコア99%を記録しており、公開から80年以上が経過した現在でも、その評価は全く揺らいでいません。
スティーヴン・スピルバーグ、マーティン・スコセッシ、スタンリー・キューブリックなど、後世の偉大な映画監督たちに計り知れない影響を与え続け、本作を観ずして映画を語ることはできないと言われるほどです。
ケーンが追い求めた「バラのつぼみ」の正体が明らかになる衝撃のラストシーンは、どれだけ莫大な富や権力を手にしても、人間が本当に求めているものは心の底にある純粋な愛情や、二度と戻らない失われた幼年時代であるという、深く切ないメッセージを観客に投げかけます。
映画を愛するすべての人にとって、絶対に避けては通れない必見のマスターピースです。
作品関連商品
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オーソン・ウェルズの革新的なカメラワークやパン・フォーカスの威力を隅々まで堪能できる必携のアイテムです。 - 映画『Mank/マンク』(Netflixオリジナル作品)
『市民ケーン』の共同脚本家であるハーマン・J・マンキウィッツを主人公に、本作の激動の誕生秘話を描いたデヴィッド・フィンチャー監督の作品です。
これを併せて観ることで、『市民ケーン』の複雑な時代背景や、ハーストとの対立の裏話への理解がさらに深まります。 - 『市民ケーン』オリジナル・サウンドトラック
ヒッチコック作品などで知られる名作曲家バーナード・ハーマンが手掛けた、映画音楽の歴史を変えたとされる革新的なスコアを収録したサウンドトラックCDです。
登場人物の心情に寄り添うライトモティーフ手法は、聴く者を映画の世界へ強く引き込みます。

