【徹底解説】『ジョー90』9歳の少年がスパイ!? サンダーバードのアンダーソン夫妻が描く「脳波転送」とスーパーマリオネーションの極地
概要
『ジョー90』(原題:Joe 90)は、1968年から1969年にかけてイギリスで放送された、ジェリー&シルヴィア・アンダーソン夫妻制作によるSF人形劇(スーパーマリオネーション)作品です。
『サンダーバード』の大ヒット、『キャプテン・スカーレット』のシリアス路線の後に制作された本作は、それまでの「国際救助」や「異星人との戦争」といった大規模なテーマから一転、「スパイ・アクション」と「家族の絆」に焦点を当てた作品となっています。
物語の主人公は、わずか9歳の少年ジョー・マクレーン。
彼の養父である天才科学者イアン・マクレーン教授が発明した驚異の装置「ビッグ・ラット(BIG RAT)」を使用することで、ジョーは一時的にあらゆる専門家の脳波(知識と技術)を自身の脳に転送(インストール)することができます。
F1レーサー、脳外科医、戦闘機のパイロット、ピアニスト……。眼鏡型の電極をかけたジョーは、大人のプロフェッショナル顔負けの技術を発揮し、世界諜報機関「W.I.N.」の秘密工作員「ジョー90」として、世界平和を守るために活躍します。
本作は、アンダーソン作品の中でも特に「人形のプロポーション(頭身)」が人間に近づいた時期の作品であり、リアルなセットやメカニック描写は円熟の域に達しています。
また、「知識をダウンロードして強くなる」というコンセプトは、後のSF作品(『マトリックス』など)にも通じる先見性がありました。
日本では過去に地上波で放送され、その独特なオープニングテーマとともに記憶しているファンも多い本作の魅力を、あらすじからメカニック、制作秘話まで徹底的に解説します。
オープニング
YouTubeにて、バリー・グレイ作曲のグルーヴィーなオープニングテーマと、象徴的な「ビッグ・ラット」の起動シーンを確認できます。
音楽と映像のシンクロが素晴らしい、アンダーソン作品屈指のオープニングです。
詳細(徹底解説)
あらすじと世界観:9歳の特別諜報員誕生
舞台は近未来(設定では2012年や2013年頃とされることが多い)。
電子工学の世界的権威であるイアン・マクレーン教授は、他人の知識や経験(脳波パターン)を記録し、別のの人間に転送できる装置「ビッグ・ラット(BIG RAT = Brain Impulse Galvanoscope Record And Transfer)」を完成させます。
当初は学習補助装置として開発されましたが、友人のW.I.N.幹部サム・ルーバーがこれに目をつけます。
「敵に怪しまれずに潜入できるスパイが必要だ」。
そこで白羽の矢が立ったのが、教授の養子である9歳の少年ジョーでした。
子供であるジョーなら、誰も警戒しません。
教授は危険だと反対しますが、ジョー自身の強い意志と、W.I.N.からの全面的なバックアップを条件に、彼は「W.I.N.の最も特別なエージェント(Most Special Agent)」、コードネーム「ジョー90」となるのです。
メカニックと「変身」のプロセス
本作最大の見どころは、毎回行われる「脳波転送シーン」です。
- 回転する球体:研究室にある巨大な球体状の装置「ビッグ・ラット」の中にジョーが座ります。
- 脳波テープ:必要なスキルの持ち主(例:世界一の金庫破り)から採取した脳波データが記録されたテープをセットします。
- 転送:装置が回転し、サイケデリックな光とともに脳波がジョーに転送されます。
- 魔法の眼鏡:転送された知識を引き出すスイッチとなるのが、特殊な電極が埋め込まれた黒縁眼鏡です。これをかけている間だけ、ジョーは天才的な能力を発揮できます(逆に眼鏡を外すと普通の少年に戻ります)。
また、アンダーソン作品ならではのスーパーメカも健在です。
マクレーンの空陸両用車(Mac’s Jet Air Car):教授が開発した、空を飛ぶことができる未来的なデザインの車。タイヤはなく、ホバークラフトのように浮上走行し、翼を展開してジェット機のように飛行します。その流麗なデザインはファンからの人気が非常に高いです。
エピソードの多様性:スパイ活動から音楽会まで
ジョーが転送される脳波によって、物語のジャンルがガラリと変わるのが本作の魅力です。
戦闘機の操縦技術を転送し敵の最新鋭機を奪取するアクション回、脱出王の技術で要人を救出するサスペンス回、あるいは脳外科医となって手術を行う医療ドラマ回など様々です。
時には失敗して変な脳波を転送してしまったり、父親の知らないところでこっそり能力を使ったりといった子供らしいエピソードもあり、冷戦下のスパイものというシリアスな背景がありつつも、ジョーと教授の親子愛が常に描かれているため、作品全体のトーンは温かみがあります。
制作秘話・トリビア
- リアルな頭身:『サンダーバード』時代のキャラクターは頭が大きくデフォルメされていましたが、『キャプテン・スカーレット』以降、そして本作ではより人間に近いリアルな頭身の人形が使用されました。これにより、動きのコミカルさは減りましたが、映像のリアリティは格段に向上しました。
- 子供の声優:通常、子供のキャラクターも大人の女性声優が演じることが多いですが、本作のジョー役には、当時実年齢も子供だったレン・ジョーンズが起用されました。彼の自然な演技が、ジョーの「あどけなさ」と「プロフェッショナルな時」のギャップを際立たせました。
キャストとキャラクター紹介
ジョー・マクレーン (Joe McClaine)
声:レン・ジョーンズ (Len Jones)
金髪で黒縁眼鏡がトレードマークの9歳の少年。
普段は素直で好奇心旺盛な小学生だが、眼鏡をかけると超一流のプロフェッショナルに変貌する。
イアン・マクレーン教授 (Professor Ian McClaine)
声:ルパート・デイヴィス (Rupert Davies)
ジョーの養父であり、天才的な電子工学者。
穏やかで思慮深い性格。ジョーを危険な任務に送り出すことに常に葛藤しているが、ジョーの才能と勇気を信頼している。
サム・ルーバー (Sam Loover)
声:キース・アレクサンダー (Keith Alexander)
W.I.N.の上級エージェントで、マクレーン教授の古くからの友人。
ジョーのスカウトマンであり、任務の窓口役。
シェーン・ウェストン (Shane Weston)
声:デヴィッド・ヒーリー (David Healy)
W.I.N.ロンドン支部の局長。
冷静沈着な指令塔だが、時に非情な決断を下すこともあるスパイ組織の長。
キャスト(声優)の経歴
- ルパート・デイヴィス (Rupert Davies)
- イアン教授の声を担当。イギリスではBBCのドラマ『メグレ警視』シリーズの主役として非常に有名な俳優でした。彼の落ち着いた声が、作品に重厚感を与えています。
- レン・ジョーンズ (Len Jones)
- ジョーの声を担当。プロの子役として活動していましたが、大人の女性が演じるのとは違う、本物の少年の声質(変声期前の透明感)は、本作の独自性を決定づけました。
まとめ(社会的評価と影響)
『ジョー90』は、『サンダーバード』ほどの爆発的な世界的ヒットにはなりませんでしたが、そのコンセプトの斬新さからカルト的な人気を誇ります。
特に「スキルをインストールする」というアイデアは、インターネットやデータ社会を予見していたとも言われ、SFファンの間で高く評価されています。
また、日本ではオープニングのカウントダウンや、バリー・グレイによるジャズ・ファンク調の音楽がお洒落でカッコいいとして、90年代の渋谷系ムーブメントの中で再評価されたこともありました。
「もしも自分が、眼鏡をかけるだけで何にでもなれたら?」という子供の普遍的な夢を、最高峰の特撮技術で映像化した本作は、スーパーマリオネーションの到達点の一つと言えるでしょう。
作品関連商品
- DVD/Blu-ray:『Joe 90: The Complete Series』などのボックスセットが発売されています(日本版も過去に発売)。
- プラモデル:マクレーン教授の空陸両用車「マックスカー(Mac’s Car)」は、イマイやアオシマからプラモデル化されており、その美しいフォルムからモデラーに人気があります。
- サントラ:バリー・グレイによるサウンドトラック集。オープニング曲「Joe 90 Theme」は必聴です。
