【徹底解説】映画『プリンス/アンダー・ザ・チェリー・ムーン』の評価は?あらすじから極上のサントラ、天才の美学とラジー賞の裏側まで総まとめ
概要
1986年に公開された映画『プリンス/アンダー・ザ・チェリー・ムーン』(原題:Under the Cherry Moon)は、世界的なポップアイコンである孤高の天才ミュージシャン、プリンスが主演・初監督を務めたロマンティック・コメディ音楽映画です。
1984年の前作『パープル・レイン』が世界的な大ヒットを記録し、アカデミー賞やグラミー賞を総なめにしたプリンスが、次なる野心作として世に送り出したのが本作でした。
舞台を前作の地元ミネアポリスから南仏のリヴィエラへと移し、さらに全編をあえてモノクローム(白黒)フィルムで撮影するという、1930年代の黄金期ハリウッド映画を彷彿とさせる非常にクラシカルで洗練された映像美が追求されています。
しかし、公開当時の批評家たちからの評価は非常に厳しく、「プリンスの自己満足なナルシシズム映画」として激しいバッシングを浴びることになりました。
結果として、同年の最低映画を決める「第7回ゴールデンラズベリー賞(ラジー賞)」において、『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀』と同点タイで最低作品賞を受賞したほか、最低監督賞、最低主演男優賞、最低助演男優賞、最低主題歌賞(「Love or Money」)の計5部門を制覇するという不名誉な記録を残してしまいます。
興行的にも前作の足元にも及ばない大失敗となりましたが、その一方で本作のサウンドトラックとして制作されたアルバム『パレード(Parade)』は、世界的名曲「KISS」を生み出すなど音楽史に残る大傑作として絶賛されました。
時代を経た現在では、プリンス特有のユーモアセンス、計算し尽くされたファッション、そして後に世界的な大女優となるクリスティン・スコット・トーマスの鮮烈な映画デビュー作として、一部の熱狂的なファンや映画愛好家から「愛すべきカルト・クラシック」として再評価されています。
この記事では、音楽の天才が映画というメディアでやりたい放題に自己表現を貫いた異色作『プリンス/アンダー・ザ・チェリー・ムーン』のあらすじや見どころ、豪華キャスト陣の魅力、そしてヤバすぎる制作裏話までを徹底的に深掘りして解説します。
予告編動画
詳細(徹底解説)
あらすじと世界観:南仏リヴィエラを舞台にしたジゴロの恋
物語の舞台は、地中海の陽光が降り注ぐ(しかし映像は美しいモノクロの)南フランスの高級リゾート地、リヴィエラです。
主人公のクリストファー・トレイシー(プリンス)は、相棒のトリッキー(ジェローム・ベントン)と共に、裕福な有閑マダムたちを甘い言葉と魅力で虜にし、パトロンとして金品を貢がせることで優雅な生活を送っているアメリカ人のジゴロ(遊び人)です。
ある日、二人は莫大な資産を持つ海運王アイザック・シャロンの娘、メアリー(クリスティン・スコット・トーマス)が21歳の誕生日を迎え、なんと5,000万ドルもの信託財産を受け取るという新聞記事を目にします。
一攫千金を狙うクリストファーとトリッキーは、メアリーを誘惑して財産を巻き上げるという計画を企て、彼女の豪華な誕生日パーティーに潜入します。
最初は単なる「獲物」としてメアリーに近づいたクリストファーでしたが、彼女の親の敷いたレールに反発する勝気な性格や、純粋な心に触れるうちに、彼自身も予期していなかった「本物の恋」に落ちてしまいます。
遊び人であった男が初めて真実の愛を知るという、クラシックなスクリューボール・コメディ(男女のコミカルな恋愛劇)の王道を行くストーリー展開が、プリンス特有のキザでセクシーなセリフ回しとともに描かれていきます。
物語の展開:純愛の代償と、胸を打つ悲劇的な結末
クリストファーとメアリーの距離が縮まるにつれ、事態は思わぬ方向へと転がっていきます。
娘の素行を厳しく監視していた冷酷な父親アイザック(スティーヴン・バーコフ)は、得体の知れないアメリカ人のジゴロが娘に近づいていることに激怒し、二人の仲を強引に引き裂こうと警察や私兵を使ってクリストファーを追い詰めます。
さらに、相棒のトリッキーもメアリーに密かに想いを寄せていたことから、クリストファーとトリッキーの間にも亀裂が生じ、コミカルだった前半の雰囲気から一転して、物語はシリアスな逃避行へと変貌していきます。
愛のためにすべてを捨てる覚悟を決めたメアリーを連れて、クリストファーはマイアミへの駆け落ちを企てますが、父親の放った追手によって桟橋で包囲されてしまいます。
そして映画のクライマックス、メアリーを守るために単身で立ち向かったクリストファーは、凶弾に倒れ、愛する人の腕の中で静かに息を引き取るという、衝撃的で悲劇的な結末を迎えるのです。
エンディングで流れる名曲「Sometimes It Snows in April(時には4月に雪が降る)」の美しくも悲しい旋律が、この喪失感を何倍にも増幅させ、観客の心に深い余韻を残します。
特筆すべき見どころ:マイケル・バルハウスの撮影と『パレード』の音楽
本作の最大の見どころは、何と言ってもその「圧倒的にスタイリッシュな映像美」と「完璧なサウンドトラック」の奇跡的な融合です。
撮影監督を務めたのは、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作品や、後にマーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』などを手掛けることになるドイツの巨匠マイケル・バルハウスです。
バルハウスの卓越したカメラワークと照明技術によって切り取られたモノクロームの南仏は、光と影のコントラストが息を呑むほど美しく、プリンスの中世的なルックスと煌びやかな衣装を芸術品のレベルにまで高めています。
そして、本作のサウンドトラックであるアルバム『パレード(Parade)』は、プリンスの全キャリアの中でも最高傑作の一つに数えられる歴史的名盤です。
ファンク、ジャズ、サイケデリック・ロック、シャンソンなど多様なジャンルを融合させた革新的なサウンドが、劇中のコミカルなシーンやロマンチックなシーンと完璧にシンクロしています。
特に、全米No.1を獲得したファンクの金字塔「KISS」のパフォーマンスシーンや、哀愁漂う「Under the Cherry Moon」の調べは、単なるミュージックビデオの域を超えた映画的魔法を生み出しています。
制作秘話・トリビア:突然の監督交代劇とプリンスの独裁
本作の制作裏話として最も有名なのが、撮影開始直後に起きた「監督の突然の交代劇」です。
当初、本作の監督にはマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」や「マテリアル・ガール」などのミュージックビデオを手掛けた気鋭の女性映像作家、メアリー・ランバートが起用されていました。
しかし、撮影現場で彼女の演出方針と、自らの美学を100%フィルムに反映させたいプリンスとの間で激しい意見の対立が生じます。
結果として、プリンスは自らの絶大な権力を行使してランバートを解雇し、「自分が監督をやる」と宣言して強引にメガホンを奪い取ってしまったのです。
映画監督の経験など皆無であったプリンスでしたが、バルハウスら優秀なスタッフのサポートを受けながら、アドリブを多用し、自分の思うがままに現場をコントロールしました。
この「誰の意見も聞かない独裁的な制作体制」が、良くも悪くも本作を「プリンスの純度100%の自己表現フィルム」にし、批評家からの酷評を招く原因ともなりましたが、同時にファンにとってはたまらない唯一無二のカルト作を生み出す結果となったのです。
キャストとキャラクター紹介
- クリストファー・トレイシー:プリンス
南仏で金持ちの女性をターゲットにして生きる、美しくもキザなアメリカ人のジゴロです。
ピアノの弾き語りやダンスで女性を魅了する天性のプレイボーイですが、メアリーと出会ったことで初めて「金に代えられない真実の愛」を知り、自らの命を懸けて彼女を守ろうとします。
常に完璧に計算された衣装とメイクで画面を支配するプリンスのカリスマ性は、演技の拙さを補って余りある圧倒的なオーラを放っています。 - メアリー・シャロン:クリスティン・スコット・トーマス
莫大な信託財産を受け継ぐ予定の、海運王の美しき令嬢です。
親の決めた婚約者がおり、退屈で自由のない上流階級の生活に嫌気がさしていたところ、クリストファーの強引でユーモラスなアプローチに心を開いていきます。
ショートヘアにモノクロームの映像がこの上なく映える彼女の美貌は、本作における最大の「大発見」と言えるでしょう。 - トリッキー:ジェローム・ベントン
クリストファーの長年の相棒であり、共にジゴロとして南仏で暗躍する陽気な男です。
クリストファーとは兄弟のような絆で結ばれていますが、メアリーへの恋心から嫉妬に狂い、一時的に彼を裏切るような行動をとってしまいます。
プリンスの盟友であり「ザ・タイム」などのバンドで活躍したベントンが、持ち前のコメディセンスで映画全体のユーモアを牽引しています。 - アイザック・シャロン:スティーヴン・バーコフ
メアリーの父親であり、冷酷で高圧的な巨大企業グループのトップです。
娘を自分の所有物のように扱い、政略結婚の道具としてしか見ておらず、クリストファーの存在を徹底的に排除しようとする本作の完全な悪役です。
『ビバリーヒルズ・コップ』や『ランボー/怒りの脱出』でも悪役を演じたスティーヴン・バーコフの重厚な演技が、映画に強烈な緊張感をもたらしています。
キャストの代表作品と経歴
プリンス(Prince)
1958年生まれ、2016年に57歳の若さで急逝したアメリカを代表する真の天才ミュージシャンです。
作詞・作曲・歌唱・あらゆる楽器の演奏・プロデュースをすべて一人でこなす圧倒的な才能を持ち、『1999』『パープル・レイン』『サイン・オブ・ザ・タイムズ』など、音楽史に残る名盤を数多く世に送り出しました。
本作『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』での大失敗で映画監督としての才能には疑問符が付けられましたが、その後の1990年には前作の続編となる映画『グラフィティ・ブリッジ』で再び監督・主演に挑むなど、映画というメディアへの熱い情熱を持ち続けていました。
彼の音楽と型破りなスタイルは、死後もなお世界中のアーティストに計り知れない影響を与え続けています。
クリスティン・スコット・トーマス(Kristin Scott Thomas)
1960年生まれのイギリスを代表する実力派大女優です。
なんと、本作『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』が彼女にとっての記念すべき長編映画デビュー作となります。
本作がラジー賞を受賞するという過酷なスタートを切ったにもかかわらず、その知的で気品あふれる美しさと確かな演技力は映画業界で高く評価されました。
その後、1994年の『フォー・ウェディング』で英国アカデミー賞助演女優賞を受賞し、1996年の歴史的傑作『イングリッシュ・ペイシェント』では見事アカデミー賞主演女優賞にノミネートされるという、世界的な大スターへと登り詰めました。
本作での彼女の瑞々しい姿は、後の大成功を知るファンにとって非常に貴重で輝かしい記録となっています。
まとめ(社会的評価と影響)
映画『プリンス/アンダー・ザ・チェリー・ムーン』は、公開当時の1986年、批評家たちから「MTVの引き伸ばし」「支離滅裂な脚本」「プリンスの巨大なエゴの塊」と徹底的に非難されました。
第7回ゴールデンラズベリー賞(ラジー賞)で5部門を受賞したことは、前作『パープル・レイン』の圧倒的な成功への反動(ハリウッドからの嫉妬)があったとも言われています。
しかし、映画としての評価がどん底であった一方で、本作が生み出した音楽(アルバム『パレード』)は、同年の主要な音楽賞を席巻し、グラミー賞にもノミネートされるという大いなる矛盾と奇跡を引き起こしました。
「映画は最低だが、音楽は最高」というこの奇妙なバランスこそが、プリンスというアーティストの規格外の才能を物語っています。
現在では、その美しい白黒の映像美、スクリューボール・コメディとしての愛らしさ、そしてクリスティン・スコット・トーマスを発掘した先見の明などが再評価され、R&Bやブラックムービーの歴史においても重要なカルト・クラシックとして独自の地位を築いています。
プリンスが本気で愛した美学と音楽が詰まった本作は、彼の才能に触れる上で絶対に避けては通れない、強烈な引力を持った愛すべき異色作なのです。
作品関連商品
本作のクラシカルで美しいモノクロームの世界観を存分に堪能するなら、ワーナー・ブラザースからリリースされている『プリンス/アンダー・ザ・チェリー・ムーン』のBlu-ray版がおすすめです。
マイケル・バルハウスが計算し尽くした光と影のディテールや、プリンスのきめ細やかな衣装の質感がHD画質で鮮明に蘇り、映画館さながらの没入感を味わうことができます。
そして、本作を語る上で絶対に欠かすことのできない最重要アイテムが、プリンスの最高傑作との呼び声も高いオリジナル・サウンドトラック・アルバム『パレード(Parade)』です。
「KISS」や「Sometimes It Snows in April」などの歴史的名曲が収録されたこのアルバムを聴きながら映画の余韻に浸ることは、すべての音楽ファン・映画ファンにとって至福の体験となること間違いありません(アナログレコード版もオーディオマニアから高い人気を誇っています)。

