概要
映画『ジャンヌ・ダルク(原題:The Messenger: The Story of Joan of Arc)』は、1999年に公開されたフランス・アメリカ合作の歴史アクション・ドラマです。
『グラン・ブルー』や『レオン』、『フィフス・エレメント』で世界的なヒットメーカーとなったフランスの鬼才、リュック・ベッソンが監督を務めました。
主人公のジャンヌ・ダルクを演じたのは、当時ベッソンの妻でもあったミラ・ジョヴォヴィッチです。
本作は、百年戦争という泥沼の戦乱に疲弊しきった15世紀のフランスを舞台に、神の啓示を受けたとする一人の無学な少女が軍を率いて奇跡的な勝利を収め、やがて異端として火刑に処されるまでの激動の生涯を描いています。
従来のジャンヌ・ダルク像が「聖女」としての神聖さを強調していたのに対し、本作では彼女を「純粋すぎるがゆえに狂気にも似た信仰心を持つ、血の通った一人の少女」として生々しく描写している点が最大の特徴です。
総製作費約6000万ドルというヨーロッパ映画としては破格のスケールで描かれるリアルで泥臭い戦闘シーンと、ダスティン・ホフマン演じる謎の存在「良心」による終盤の鋭い心理的追及は、観る者に強烈なインパクトを残しました。
本記事では、ただの歴史劇にとどまらない本作の深い魅力と、豪華キャスト陣の熱演、そして映画史に残る解釈の面白さを余すところなく徹底解説します。
予告編
詳細(徹底解説)
あらすじと世界観
物語の背景にあるのは、イギリスとフランスの間で繰り広げられた泥沼の領土争い、いわゆる「百年戦争」の後期です。
フランスはイギリス軍とそれに結託するブルゴーニュ派によって国土の大部分を蹂躙され、王太子シャルル(後のシャルル7世)は戴冠式すら挙げられない絶望的な状況に陥っていました。
そんな中、ドンレミ村に住む信仰心に厚い少女ジャンヌは、幼い頃にイギリス兵によって最愛の姉を目の前で惨殺されるという凄惨なトラウマを負います。
悲しみと憎悪に暮れる彼女は、やがて「フランスを救え」という神の声(啓示)を聞くようになります。
成長したジャンヌは、神の使者として王太子シャルルのもとへ赴き、彼にしか知り得ない秘密の祈りを言い当てることで、自らが神から遣わされた存在であることを証明します。
シャルルから軍の指揮権を与えられたジャンヌは、男の鎧を身に纏い、荒くれ者の傭兵たちを鼓舞して、イギリス軍に包囲された重要拠点オルレアンへと進軍します。
「神が共にある」と信じて疑わない彼女の常軌を逸した突撃は、疲弊していたフランス軍に狂信的な士気をもたらし、難攻不落と思われたイギリス軍の砦を次々と陥落させていきます。
しかし、シャルルが念願の戴冠を果たして正式なフランス国王に就任すると、事態は急転直下します。
政治的な駆け引きと休戦を望むシャルルにとって、徹底抗戦を主張し、民衆から異常なまでの支持を集めるジャンヌは次第に「危険で邪魔な存在」となっていきました。
孤立無援となったジャンヌはコンピエーニュの戦いでブルゴーニュ派に捕らえられ、イギリス軍に引き渡された後、異端審問という名の政治裁判にかけられることになります。
シーズン/章ごとの展開
本作の構成は、大きく分けて3つの章(幕)として捉えることができます。
第一幕は、純粋な少女がいかにして凄惨な現実を経験し、「神の使者」としてのアイデンティティを形成していくかを描く「覚醒の章」です。
空に浮かぶ雲が剣の形に見えたり、野原に突然剣が落ちてきたりと、彼女の主観を通した神秘的かつやや幻覚的な映像が印象的です。
第二幕は、本作で最もエンターテインメント性の高い「戦いの章」です。
オルレアン攻防戦において、ジャンヌが先陣を切って城壁をよじ登り、矢を胸に受けながらも奇跡的に立ち上がって軍を鼓舞する姿は、まさにアクション映画のカタルシスに満ちています。
そして第三幕は、捕らえられたジャンヌが牢獄の中で自己の内面と向き合う「審判と葛藤の章」です。
異端審問官たちの狡猾な神学論争の罠に加え、ダスティン・ホフマン演じる黒衣の男(良心)が彼女の牢獄に現れ、「お前が見たものは本当に神の奇跡だったのか?」と徹底的に彼女の信仰の根拠を突き崩しにかかります。
特筆すべき見どころ
本作の最大の見どころは、神聖化されてきた英雄のヴェールを剥ぎ取り、「血と泥と狂気」にまみれた中世の戦争を徹底的なリアリズムで描いた点にあります。
オルレアンの戦闘シーンでは、最新のCGを極力抑え、チェコに巨大な城塞のセットを組み、数千人のエキストラを動員して撮影されました。
投石機(トレビュシェット)から放たれる巨大な石が兵士を無残に粉砕し、熱された油が降り注ぐ中、泥まみれになって殺し合う描写は、戦争の悲惨さを痛烈に観客に突きつけます。
また、戦いが終わった後の荒涼とした戦場で、無数に転がる敵味方の死体を見たジャンヌが、勝利の歓喜ではなく「こんな悲惨な殺し合いを神が望むはずがない」と血を吐くように慟哭するシーンは、彼女の人間としての脆さを浮き彫りにする屈指の名場面です。
そして、終盤の「良心」との対話シーンは、本作を単なる歴史アクションから深い心理スリラーへと昇華させています。
「野原に落ちていた剣は、神が遣わしたのではなく、ただの落とし物ではないのか?」と理詰めで問い詰められ、自らの行動が「神の意志」ではなく「姉を殺された個人的な復讐心」であった可能性に直面して崩れ落ちるジャンヌの姿は、観る者の心に強烈な余韻を残します。
制作秘話・トリビア
実は本作のプロジェクトは、当初『ハート・ロッカー』などで知られる女性監督キャスリン・ビグローがメガホンを取る予定でした。
しかし、キャスティングを巡って製作総指揮のリュック・ベッソンと激しく対立(ビグローはクレア・デインズを主演に希望し、ベッソンは妻のミラ・ジョヴォヴィッチを推した)し、結果としてビグローが降板、ベッソン自身が監督を引き継ぐことになったという複雑な経緯があります。
ミラ・ジョヴォヴィッチはこの役のために、トレードマークだった美しい長い髪を実際に短く切り落とし、重い甲冑を着込んで泥まみれになりながら、ほとんどのスタントを自らこなすという凄まじい女優魂を見せつけました。
また、ジャンヌを陥れる狡猾な司教コーションを演じたのは、のちに映画『Vフォー・ヴェンデッタ』などで知られるようになるイギリスの名優ティモシー・ウェストであり、彼の重厚な演技が裁判シーンの緊迫感を極限まで高めています。
キャストとキャラクター紹介
ジャンヌ・ダルク
演:ミラ・ジョヴォヴィッチ/吹替:朴璐美
フランスの小村で育った、神への深い信仰心を持つ無学な少女です。家族を殺されたトラウマと、強烈な啓示体験に突き動かされ、王太子を説得して軍の最前線に立ちます。「神の名のもとに」と叫びながら剣を振りかざす彼女の姿は、聖女というよりも狂気に取り憑かれた戦士そのものであり、ミラ・ジョヴォヴィッチの鬼気迫る演技と大きな瞳が、その危うい純粋さを見事に表現しています。
シャルル7世(王太子)
演:ジョン・マルコヴィッチ/吹替:壤晴彦
フランスの正統な王位継承者でありながら、気弱で疑い深く、常に周囲の顔色をうかがっている複雑な人物です。当初は狂信的なジャンヌを訝しんでいましたが、彼女の人気を利用して王座を手に入れると、用済みとなった彼女を見殺しにするという冷酷な政治家としての顔を露わにします。
良心(The Conscience)
演:ダスティン・ホフマン/吹替:津嘉山正種
イギリス軍の牢獄に繋がれたジャンヌの前に幻影のように現れる、黒いローブを着た謎の存在です。神なのか、悪魔なのか、あるいはジャンヌ自身の深層心理が生み出した「疑念」なのかは明言されません。冷徹な論理でジャンヌの「奇跡」を全否定し、彼女の魂の奥底に隠された真の動機(復讐心と傲慢さ)を暴き出す、本作の最も重要なキーパーソンです。
ジル・ド・レ
演:ヴァンサン・カッセル/吹替:大塚芳忠
ジャンヌの護衛および右腕として戦いを共にする、フランス軍の猛将です。最初はジャンヌを「頭のおかしい小娘」と馬鹿にしていましたが、彼女の戦場での異常なまでの勇気とカリスマ性に当てられ、次第に彼女を深く敬愛するようになります。後の史実において、彼が狂気に陥り、悪名高いシリアルキラーとなってしまうという背景を知っていると、本作での彼の忠誠心がより悲劇的に映ります。
ヨランド・ダラゴン
演:フェイ・ダナウェイ/吹替:谷育子
シャルル7世の義母であり、王宮の裏で実権を握る冷酷な陰謀家です。ジャンヌの存在を政治的にどう利用するかを冷徹に計算し、王太子を背後から操って歴史の歯車を動かしていく、恐るべき権力者としての凄みを見せつけます。
キャストの代表作品と経歴
主人公を熱演したミラ・ジョヴォヴィッチは、リュック・ベッソン監督の『フィフス・エレメント』(1997)でブレイクし、本作でその圧倒的なアクションポテンシャルと狂気を孕んだ演技力を証明しました。
その後は大ヒットアクション映画『バイオハザード』シリーズのアリス役で世界的トップスターの座を確固たるものにしています。
シャルル7世を演じたジョン・マルコヴィッチは、『危険な関係』や『マルコヴィッチの穴』で知られる、ハリウッドきっての個性派名優です。
本作でも、弱弱しさと計算高さが同居する複雑な王の姿を、持ち前のねっとりとした怪演で見事に体現しています。
謎の「良心」を演じたダスティン・ホフマンは、『卒業』や『レインマン』でアカデミー賞主演男優賞を二度受賞している伝説的な名優であり、出番は終盤のみでありながら、作品全体のテーマを根底から覆すほどの圧倒的な存在感を放ちました。
また、ジル・ド・レ役のヴァンサン・カッセルは、『憎しみ』や『ブラック・スワン』で知られるフランスを代表する実力派俳優であり、野性味あふれる荒々しい魅力で本作の泥臭い戦場を彩っています。
まとめ(社会的評価と影響)
公開当時の『ジャンヌ・ダルク』は、歴史上の神聖なヒロインを「トラウマを抱え、幻覚を見るヒステリックな少女」として描いたことに対して、カトリック教会や保守的な歴史家から賛否両論の大きな議論を巻き起こしました。
映画批評サイトのRotten Tomatoesなどでも評価は分かれましたが、年月が経つにつれて「戦争の不条理さ」や「宗教的な狂信の危うさ」を客観的に解体した先見的な作品として、その評価は再構築されています。
ヒロイックなファンタジーではなく、痛みを伴う生々しい人間ドラマとしてジャンヌ・ダルクを描き切った本作は、歴史映画における表現の限界を広げた野心作です。
泥と血にまみれながらも、自らの信じるもののために文字通り命を燃やし尽くしたミラ・ジョヴォヴィッチの壮絶な演技は、映画ファンにとって永遠に語り継がれるべきマスターピースと言えるでしょう。
作品関連商品
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リュック・ベッソン監督がこだわった壮大な中世の戦場と、ミラ・ジョヴォヴィッチの繊細な表情が高画質で蘇る至高のパッケージです。特典映像には、大規模なセットの設営や過酷な撮影の舞台裏に迫るメイキング・ドキュメンタリーが収録されています。 - オリジナル・サウンドトラック『Jeanne d’Arc』(音楽:エリック・セラ)
『レオン』や『フィフス・エレメント』でもベッソン監督とタッグを組んだ名コンビ、エリック・セラによる劇伴音楽集です。重厚なオーケストラと呪術的なコーラスが融合した音楽は、ジャンヌの抱える神秘性と狂気を聴く者の心に直接響かせます。 - 書籍『ジャンヌ・ダルク 超越の歴史』(レジーヌ・ペルヌー著)
映画を観た後に史実をより深く知りたい読者におすすめの一冊です。実際の異端審問の裁判記録などに基づき、生身のジャンヌ・ダルクがどのような人物であったのかを詳細に解説した歴史書の決定版です。

