概要
映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(通称:エブエブ)は、2022年に公開されたアメリカのSFアクション・コメディ映画です。
監督と脚本を務めたのは、『スイス・アーミー・マン』で強烈なインパクトを残したダニエル・クワンとダニエル・シャイナートのコンビ、通称「ダニエルズ」です。
破産寸前のコインランドリーを経営する中国系アメリカ人の主婦エヴリンが、突如としてマルチバース(多元宇宙)の危機を救う救世主に選ばれ、想像を絶する戦いに巻き込まれていく姿を奇想天外なビジュアルで描いています。
本作は、第95回アカデミー賞において、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、脚本賞、編集賞の最多7部門を独占するという歴史的な快挙を成し遂げました。
カンフーアクション、SF、不条理コメディといった多彩なジャンルをミックスさせながら、根底には「移民家族の世代間ギャップ」や「母と娘の和解」という普遍的なドラマが流れています。
虚無主義(ニヒリズム)が蔓延する現代社会において、「それでも優しく生きること」の尊さを謳い上げた、映画史に残るカルトにして王道のマスターピースです。
予告編
詳細(徹底解説)
あらすじと世界観
物語の主人公エヴリンは、夫ウェイモンドとの関係は冷え切り、反抗期の娘ジョイとの間には深い溝ができ、さらに頑固な父親の介護にも追われるという、文字通り八方塞がりの日々を送っていました。
そんなある日、国税庁の厳しい監査官ディアドラから呼び出しを受け、コインランドリーの税務申告について厳しい追及を受けている最中、突如として夫のウェイモンドが「別の宇宙から来たウェイモンド」に豹変します。
彼はエヴリンに対し、全宇宙を破滅に導く巨大な悪「ジョブ・トゥパキ」を倒せるのは、無数に存在するマルチバースの中で「最も失敗した人生を送っている、この宇宙のエヴリン」だけだと告げます。
本作の世界観は、「もしあの時、別の選択をしていたら」というIFの世界が無限に広がるマルチバース理論をベースにしています。
カンフーの達人になったエヴリン、映画スターになったエヴリン、さらには指がホットドッグになっている宇宙や、生命が存在せずただの石として存在する宇宙など、ダニエルズ監督ならではの狂気に満ちた奇天烈な世界が次々と展開されます。
物語の進行とマルチバースの構造
物語は大きく「Part 1: Everything(すべて)」「Part 2: Everywhere(どこでも)」「Part 3: All at Once(一度に)」の3つの章に分かれて進行します。
序盤は、マルチバース間を跳躍する技術「バース・ジャンプ」の奇妙なルールに振り回されるエヴリンの姿がコミカルに描かれます。
ジャンプの引き金となるのは、「リップクリームを食べる」「紙で指の間を切る」といった、統計的にあり得ない異常な行動をとることです。
中盤に入ると、全宇宙を滅ぼそうとするジョブ・トゥパキの正体が、実は別の宇宙の娘ジョイであることが判明し、物語は壮大な親子喧嘩の様相を呈してきます。
ジョブ・トゥパキは、すべての宇宙の真理を知ってしまったがゆえに虚無主義に陥り、「ベーグル」と呼ばれるブラックホールのような物体にすべてを吸い込ませて終わらせようとしていたのです。
終盤、無限の可能性を体験して同じく虚無に囚われそうになるエヴリンを救うのは、夫ウェイモンドの「優しさ」という最強の武器でした。
特筆すべき見どころ
最大の見どころは、ミシェル・ヨーやキー・ホイ・クァンによる、ジャッキー・チェン映画を彷彿とさせる本格的なカンフーアクションです。
特にキー・ホイ・クァンがウエストポーチを振り回して戦うシーンは、映画ファンの心を熱くさせる名アクションとなっています。
また、インディペンセンデント映画スタジオであるA24の制作でありながら、わずか5人のVFXチームで驚異的なマルチバースの視覚効果を作り上げた点も特筆すべきです。
目まぐるしく切り替わる衣装やメイク、カオティックでありながら計算し尽くされた編集技術は、観客の脳を直接揺さぶるような圧倒的な映像体験を提供します。
そして、どんなに奇抜な映像が続いても、最終的には「目の前にいる大切な人を抱きしめる」というシンプルで力強いテーマに帰結する脚本の構成力が、多くの人々の涙を誘いました。
制作秘話・トリビア
ダニエルズ監督は当初、主人公を男性に設定し、ジャッキー・チェンに主演をオファーしていましたが、スケジュールの都合などで実現しませんでした。
その後、主人公を女性に変更し、ミシェル・ヨーを主演に据えたことで、物語に「母親の葛藤」という深いレイヤーが加わり、現在の傑作が誕生しました。
夫のウェイモンド役を演じたキー・ホイ・クァンは、かつて『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』や『グーニーズ』で一世を風靡した天才子役でしたが、アジア系俳優の役不足から約20年間も俳優業を引退していました。
しかし、『クレイジー・リッチ!』でのアジア系俳優の活躍を見て復帰を決意し、本作のオーディションで見事に役を勝ち取り、ついにはアカデミー助演男優賞を獲得するという、映画そのもののような奇跡の復活劇を遂げました。
キャストとキャラクター紹介
- エヴリン・ワン:ミシェル・ヨー/吹替:本田貴子
破産寸前のコインランドリーを経営する、疲れ果てた中年女性です。
「別の選択をしなかったことで生じた、すべての失敗の結晶」であるがゆえに、あらゆる宇宙の自分の能力にアクセスできる無限の可能性を秘めていました。
虚無に呑み込まれそうになる娘を救うため、マルチバースを股にかけた戦いに挑む強き母親です。 - ウェイモンド・ワン:キー・ホイ・クァン/吹替:水島裕
エヴリンの優しくも頼りない夫です。
現実世界では離婚を考えていますが、別の宇宙の彼は「アルファ・ウェイモンド」として、エヴリンを導く有能な戦士として登場します。
争いではなく、他者への愛と優しさで世界を救おうとする彼の哲学が、本作の真のテーマを体現しています。 - ジョイ・ワン/ジョブ・トゥパキ:ステファニー・スー/吹替:武田華
エヴリンの娘であり、全宇宙を脅かす絶対悪ジョブ・トゥパキでもあります。
現実世界では、同性の恋人を祖父に紹介できない母親の態度に深く傷ついています。
マルチバースのすべての並行世界を同時に経験したことで「何にも意味はない」という深い絶望に囚われ、自分ごと世界を破壊しようと企みます。 - ディアドラ・ボービアドラ:ジェイミー・リー・カーティス/吹替:幸田直子
国税庁(IRS)の冷酷で厳しい監査官です。
現実世界ではエヴリンを容赦なく追い詰める敵役ですが、別のマルチバースではエヴリンとロマンチックな愛人関係にあったり、激しい戦闘を繰り広げたりと、変幻自在の姿を見せます。
ジェイミー・リー・カーティスの体を張ったコミカルな怪演が光ります。 - ゴンゴン:ジェームズ・ホン/吹替:佐々木睦
中国からやってきたエヴリンの厳格な父親です。
彼の期待に応えられなかったことがエヴリンの深いトラウマとなっています。
マルチバースの世界でも、時に冷酷な司令官として登場し、エヴリンとジョイの親子の確執の根本原因として描かれています。
キャストの代表作品と経歴
ミシェル・ヨーは、『ポリス・ストーリー3』や『グリーン・デスティニー』などで知られる世界的なアクションスターであり、本作でアジア系女性として史上初のアカデミー主演女優賞を受賞するという歴史を作りました。
キー・ホイ・クァンは前述の通り『インディ・ジョーンズ』のショート・ラウンド役で知られ、約20年のブランクを経て本作でハリウッドの頂点に返り咲きました。
ステファニー・スーはブロードウェイで活躍していた若手実力派であり、本作のジョブ・トゥパキ役での狂気と悲哀を織り交ぜた演技で一躍世界的な注目を集めました。
ジェイミー・リー・カーティスは『ハロウィン』シリーズなどのスクリーム・クイーンとして名高い大御所女優ですが、本作での突き抜けた演技が評価され、長いキャリアの中で初のアカデミー助演女優賞を獲得しました。
まとめ(社会的評価と影響)
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、批評家から熱狂的な賛辞を浴び、Rotten Tomatoesでは94%という驚異的な支持率を獲得しました。
インディペンデント映画スタジオA24の歴代興行収入1位の記録を塗り替え、全世界で大ヒットを記録しました。
アジア系移民の家族という極めて個人的でマイノリティな物語を、マルチバースという壮大なSF設定とカンフーアクションで包み込むという前代未聞のアイデアは、映画の表現の可能性を大きく広げました。
Z世代が抱えるニヒリズムや鬱屈とした感情に寄り添いながらも、最終的には「ダサくても、優しく生きる」というポジティブなメッセージを提示した本作は、コロナ禍を経た現代社会において多くの人々の心を救済しました。
賞レースを総なめにしたことで、ハリウッドにおける多様性(ダイバーシティ)の重要性を象徴する記念碑的な作品として、後世に語り継がれることは間違いありません。
作品関連商品
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A24史上最高傑作とも称される本作の、細部まで計算し尽くされたマルチバースの映像美を高画質で楽しむことができます。
メイキング映像やNGシーン集、ダニエルズ監督による音声解説など、映画の裏側を知ることができる豪華特典が収録されています。 - 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』オリジナル・サウンドトラック(CD/LP)
Son Lux(サン・ラックス)が手掛けた、アンビエントからポップスまで多岐にわたるジャンルレスな楽曲が収録されています。
デヴィッド・バーンやミツキ(Mitski)が参加した主題歌「This Is A Life」は、映画の感動的なラストを彩る名曲です。 - A24公式グッズ(ギョロ目のシールなど)
映画の象徴的なモチーフであるギョロ目のシールは、劇中のエヴリンのように身の回りのものに貼ることで、退屈な日常を少しだけ楽しくしてくれる魔法のアイテムとしてファンに大人気です。
