もし『宇宙大作戦』のカーク船長が女性だったら? 1960年代の常識とロマンスを巡る「what if」考察

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もし『宇宙大作戦』のカーク船長が女性だったら? 1960年代の常識とロマンスを巡る「what if」考察

1960年代のヒーロー像への「もしも」

「宇宙、それは最後のフロンティア」。

このナレーションと共に始まる『宇宙大作戦(スタートレック)』は、ジェームズ・T・カーク船長のリーダーシップと冒険の物語です。

彼は行動的で決断力があり、時には規則を曲げてでもクルーを守り、行く先々の惑星で美しい異星人女性とロマンスを繰り広げる、1960年代の「理想の男性ヒーロー」でした。

しかし、もしも、USSエンタープライズ号の船長が、ジェームズではなく「ジェーン・T・カーク」のような女性だったら?

これは、単なる性別の入れ替えに留まらず、当時のテレビ業界の常識や、物語の根幹を揺るがす「what if」シナリオです。

詳細:女性船長が直面したであろう「壁」

1960年代の壁:女性船長は「非現実的」だった

まず大前提として、1960年代当時のアメリカのテレビネットワークが、「女性船長」を主人公に据えることは、ほぼ不可能だったと考えられます。

事実、『宇宙大作戦』の最初のパイロット版「The Cage(歪んだ愛)」では、副長(ナンバーワン)は女性(メイジェル・バレット演)でしたが、「女性が指揮官の地位にいるのは現実味がない」というテレビ局(NBC)の強い反対により、この設定は本放送では削除されました。

(このナンバーワンは、後の『スタートレック:ディスカバリー』や『ストレンジ・ニュー・ワールド』で再評価されています)。

副長ですら却下された時代に、旗艦の「船長」が女性であるという設定は、SFだとしても受け入れられなかったでしょう。

もし実現していたら?:リーダーシップの描き方

仮に、奇跡的に「女性のカーク船長」が実現していたら、そのキャラクター造形は非常に難しいものになっていたはずです。

オリジナルのカーク船長のような、自信に満ち溢れ、時には「殴って解決」(カーク・ディプロマシー)するような行動的なリーダー像をそのまま女性に置き換えた場合、当時の視聴者からは「男勝りすぎる」「女性らしさに欠ける」と批判された可能性があります。

逆に、過度に「女性的な」感情や優しさを強調すれば、「なぜこんな人が船長なんだ」とリーダーとしての資質を疑われたかもしれません。

おそらく、そのキャラクターは、現代の私たちが知る『ヴォイジャー』のジェインウェイ船長のような、強さと理性を兼ね備えた姿とは異なる、非常にいびつなバランスのキャラクターになっていた可能性があります。

最大の変化点:ロマンスの行方

この「what if」で最も根本的な変化を遂げるのが「ロマンス」です。

オリジナルのカーク船長は、「カークは女好き」と揶揄されるほど、多くのエピソードで異星の女性たちと恋に落ちたり、魅了したりしました。これはヒーローの「色男」ぶりを示す、当時のお約束でもありました。

では、女性のカーク船長が、行く先々の惑星で出会う「ハンサムな異星人男性」たちと次々にロマンスを繰り広げることが、1960年代のテレビで許されたでしょうか?

答えは、ほぼ間違いなく「ノー」です。

男性ヒーローの「女好き」は「甲斐性」として許容されても、女性ヒーローが同様の行動をとれば、「奔放すぎる」「ふしだら」というネガティブなレッテルを貼られてしまったでしょう。

そのため、女性のカーク船長は、オリジナルのカークとは正反対の、非常にストイックで、ロマンスを一切排除した「禁欲的な」人物として描かれた可能性が高いです。

スポックとマッコイとの関係性

部下たちとの関係も変わります。

論理的なスポック(バルカン人)にとって、船長の性別は本来、任務遂行に関係ないはずです。

しかし、彼が「非論理的だ」と評する人間の、しかも「女性」の感情的な決断(と彼が判断したもの)に対し、オリジナルのカークに対するよりも、さらに辛辣な意見を述べたかもしれません。

一方で、感情的なドクター・マッコイ(ボーンズ)は、女性の船長に対して、友人として、あるいは医師として、過剰に保護的な態度をとった可能性があります。

「船長、女性の体でそんな無茶は!」「休養が必要だ!」といった、当時の性差別的な(しかし善意の)セリフが飛び交い、それに対して女性カークが「私は“女性”である前に“船長”よ!」と反発する、といったお決まりのやり取りが生まれたかもしれません。

参考動画(オリジナルのオープニング)

まとめ:時代がヒーロー像を作った

「もしもカーク船長が女性だったら」という仮定は、1960年代という時代がいかに強固な「性別の壁」を持っていたかを浮き彫りにします。

もし実現していたとしても、それはオリジナルのカーク船長から行動力とロマンスを奪った、まったく別のキャラクターになっていたでしょう。

『宇宙大作戦』がオリジナルの設定(ナンバーワン)のまま進めなかった限界と、それでもウフーラのような重要な女性クルーを登場させた革新性。

この「what if」は、私たちが後に『スタートレック:ヴォイジャー』のキャスリン・ジェインウェイ船長や、『ディスカバリー』のマイケル・バーナムに出会うまでに、どれほど長い時間が必要だったかを痛感させられる、興味深い考察テーマです。

関連トピック

キャスリン・ジェインウェイ (スタートレック: ヴォイジャー): シリーズで初めて主人公(船長)を務めた女性。カークの行動力とピカードの理性を併せ持つと評価され、女性船長の理想像の一つを確立しました。

ナンバーワン (ウーナ・チム=ライリー): 『宇宙大作戦』の原型となったパイロット版「The Cage」に登場した女性副長。当時の常識に阻まれましたが、後のシリーズで再登場し、高い人気を得ています。

ウフーラ (Uhura): オリジナルシリーズに登場した黒人女性通信士官。当時のアメリカにおいて、黒人女性が重要な役割を担う専門職として描かれたことは、非常に画期的なことでした。

『スタートレック:ディスカバリー』: シリーズ初の黒人女性を主人公(後に船長)に据えた作品。時代の変化を象徴しています。

関連資料

『宇宙大作戦』コンプリート DVD/Blu-ray: オリジナルのカーク船長の魅力と、彼が活躍した1960年代の空気感を再確認するために不可欠です。

『スタートレック:ヴォイジャー』コンプリート DVD/Blu-ray: 女性船長ジェインウェイが、カークとは異なるアプローチでいかにエンタープライズ号の船長たちに匹敵するリーダーシップを発揮したかを確認できます。

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